論説
2024年8月20日号
「無力」も力。心が傍にある大切さ
夏休み前、筆者は人権擁護委員、保護司という立場で小・中学校を訪問し、学校長をはじめとする教職員や保護者と面談する機会があった。そのなかで、児童・生徒の問題行動が変容したとの報告を複数うけた。
問題行動とは、法律や規則、常識やマナーなどの社会規範に照らしたとき、何らかの好ましくない意味を持つ行動をさす。従来は反社会的問題行動が顕著で、暴力行為・窃盗・恐喝・いじめなど欲求不満や不安を社会に対して攻撃的な形で表わしていた。
他方、近年では非社会的問題行動が増加。不登校・ひきこもり・自傷行為・自殺など不安やストレスを解消しようとする行動が自己の内面に向けられ、社会的不適応を起こすケースが学校の課題、社会問題になっている。
関西外国語大学の新井肇教授は反社会的問題行動も非社会的問題行動も大人や社会、あるいは学校や集団もしくは個人の規準によって「その行動は問題である」と認識し、「問題行動」というレッテルを貼ったものと捉えることができると指摘する。加えて児童・生徒による問題行動とは、心の危機の叫びであるやも知れず「問題『提起』行動」と捉え直すことが学校や家庭、社会に求められていると喚起を促す。
学校を基盤とする児童・生徒の問題行動を考えるとき、反社会的・非社会的と明確に区分されるものではなく両者が複雑に絡む現象もある。また学校生活の領域外、すなわちSNSの交流サイトを通じた不特定多数の繋がりによる事件や事故へ巻き込まれる場合も少なくない。
心が傍にあることを寄り添いという。心の危機を叫ぶ子どもや若者の内なる声を、大人は果たして己が耳目で捉え、心で受けとめることができるのだろうか。子どもたちへの寄り添いについて、初等・中等少年院「播磨学園」の教誨師で、自立準備/自立支援ホーム・NPO法人チェンジングライフ理事長の野田詠氏牧師から話を聞いた。
例えば、ホームに来た子が「俺、ここのスタッフ、全然信用してないですよ」と発言したとき、それはスタッフに向けられた言葉か、自分に言い聞かせるためのものか、言葉の奥にある少年たちの孤独や苦しみを思い量ることが必要という。表出した事象の裏側にリンクしているトラウマと向き合うのだと。
野田師は、傷つき体験を持つ子どもが解離的になったり、苦しんで自傷に至ったり、暴れて自他を傷つけるのは、傷つき体験を麻痺させ、あるいはごまかし、事実に蓋をしないと生きていけない生き方が現実にあるからと語る。
傷つき体験を持つ子どもや若者に対し「無力」「傾聴力」「一緒に悩む力(問題共存力)」の3つが必要だと教えてくれた女子がいた。父親から性的虐待を受け続け、リストカットを繰り返し、ついには非行の道へと足を踏み入れた女子の歩んできた余りにも辛く哀しい半生を聴いたとき、師は半ベソをかき一言も言葉が出なかった。話し終えた女子に何のアドバイスも与えられなかったことを詫びるとアリガトウといわれた。なぜなら自分の話を遮ることなく最後まで耳を傾けてくれた初めての大人だからと伝えられた。ゆえに「無力」も大切な力だと。
人間は安心できる人と場所、そして時間があって成長できる。抱えきれない心を持つひとつの「いのち」の傍らにいて、ただ話を聴き涙を流すことしかできなくとも、掛け替えのない存在となり得るのではあるまいか。 (論説委員・村井惇匡)
2024年8月1日号
明日の更生保護活動に向けて
5月下旬に、保護観察中の男性が滋賀県の自宅で担当の保護司を殺害する事件が発生した。60年前の同様の事件以来で、社会に衝撃を与えた。被疑者は6年前に強盗事件を起こし、保護観察付きの執行猶予中であった。新聞報道によれば被害に遭った保護司は、更生保護活動に熱心に取り組み、これまで他の対象者からも慕われていたという。心からご冥福をお祈りする。
保護司は、犯罪や非行をした人たちが立ち直るのを地域で支えるボランティアであり、非常勤の国家公務員である。法務省の保護観察官と協働して、保護観察を受けている対象者に面接を通じて生活や就労についての助言や指導を行い、受刑者が社会復帰する環境への働きかけも行っている。
事件後、直ちに我々保護司には法務省保護局長をはじめとする関係機関から緊急の通知が届いた。こうした事態を受けて、保護司の安全を確保するための当局の適切な対応を強く求めたい。
これまでにも、保護司の活動に関連する問題は種々指摘されてきた。例えば面接場所は自宅で行うことが多いが、住宅事情や同居家族への配慮から抵抗感を持つ人が増えている。「更生保護サポートセンター」でも面接が行われているが、休日や夜間は使用できないことが多い。また保護観察対象者のなかには覚せい剤、精神疾患、家庭内暴力など、対応の難しいケースが増えており、保護司の多くは1人で対象者と向き合うことにも不安を感じている。これらの問題を1つひとつ解決していくことが、将来の更生保護活動にとって重要である。
さらに保護司のなり手が不足し、その数は減少傾向にある。高齢化も進み、約4万7千人の保護司の約8割が60歳以上であり、保護司の確保も課題となっている。そこで、法務省保護局では「持続可能な保護司制度の確立に向けた検討会」を開催し、保護司の待遇や活動環境、年齢条件、保護観察官との協働態勢の強化などについて検討しているという。
ところで宗門には全国組織として日蓮宗保護司会が平成11年以来、活動していることをご存じだろうか。各地の日蓮宗僧侶の保護司の交流を深め、本宗の特色を活かした独自の研修や活動を行い、日蓮聖人の立正安国精神に基づいて個人と社会の平安を実現する一助との思いで更生保護活動に取り組んでいる。
さらに日蓮宗保護司としての特徴は、保護観察の際の心構えにもある。法華経には常不軽菩薩が出会う相手に、「我、深く汝等を敬う。敢えて軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」と唱え、相手を軽んじることなく、敬いの念をもって礼拝したことが説かれている。相手から怒られ、悪口雑言を浴びせられても、常不軽菩薩はそれを耐え忍んだ。我々もこの「但行礼拝」の精神をもって保護観察対象者と面接するように心がけ、慈悲の心をもって相手に寄り添うようにしていきたい。
この度の事件を受けて保護司が、罪を犯した人たちへの厳しい視線や、不安や恐怖心を持つことなく、また社会にネガティブなイメージが広がって保護司を志す者が減少しないことを願っている。
明治時代に、罪を犯した人たちの立ち直りを支える更生保護事業を始めたのは、日蓮聖人直系の信徒の末裔である事業家の金原明善翁である。本宗の僧侶、寺族、檀信徒には、ぜひ明善翁のこの崇高な志を受け継ぎ、更生保護に理解と協力を持って頂き、そして保護司を目指す人が1人でも多く現われることを期待したい。(論説委員・古河良晧)