2026年5月1日号
復興進む首里城にお題目結縁の誓い
令和7年度日蓮宗加行所の伝師部や入行僧侶からなる沖縄修法布教団は、例年恒例の戦没者慰霊と平和のための修法祈祷を3月10日、国営沖縄公園の那覇市首里城公園で行った。近年、仏教宗派による首里城での法要は例がないといい、日蓮聖人第700遠忌の事業として建立された同市法華経寺の伊東政浩住職が、令和13年に迎える同750遠忌に向けて沖縄と法華経・お題目の結縁を改めて誓うべく、開催に尽力して実現した。
明治初期まで琉球王国の象徴とされた首里城は、約570年前の王国誕生以来、何度も焼失の憂き目に遭ってきた。近年では令和元年の火災が記憶に新しいが、世界中から復興のための資金が寄せられ今年の秋には正殿の復元工事が終了する予定。祈祷当日現在は、すでに素屋根が取り外され、特設の見学通路から特徴的な朱色をメインにした鮮やかな彩色が施された正殿が見られた。
また琉球王国時代には、首里城周辺の臨済宗円覚寺をはじめ、多くの寺院が建立され、国の鎮護が祈られていた歴史がある。現在の沖縄の信仰が先祖・自然崇拝が主なのは、廃仏毀釈が激しかった薩摩藩とつながりが強かったため、記憶から仏教が薄れた影響もあるという。しかし、ブチダン(仏壇)やトートーメー(位牌)という仏教由来の文化も根付く。日蓮宗では大正2年(1913)から布教が始まり、妙徳寺が創立されている。法華経寺は、沖縄の本土復帰後の日蓮宗による沖縄伝道、慰霊行脚により沖縄開教の機運が高まり建立された。設立当初から、駆け込み寺のように事情がある幅広い年齢層の人たちを受け入れており、社会の法華救済寺院として存在感を増している。
正殿正面の奉神門前で行われた法要には、伝師の松宏泉師を導師に副伝師や成満僧約40人が出仕し、伊東住職や同県議会議員の新垣淑豊さんらが参列した。自我偈の読経中に中央の門が開くと鮮麗な色彩の正殿が現れた。松伝師らは沖縄での戦没者の慰霊と恒久の平安を願い修法した後、お題目を一心に唱えた。松伝師は回向文で沖縄を守護する諸天善神に祈り、改めて慰霊の誠を捧げた。また首里城の無事の復興と沖縄の発展を願った。新垣議員は挨拶で謝意を表し、「沖縄の人たちとともに平和を考えてほしい」と話した。
松伝師は「ひとたび戦争が起きれば、家族を守るために人を殺めることが正義となる。そんな戦争を起こしてはいけない。そのために戦争が悲惨で残虐なものということを風化させない。〝慰霊なくして平和なし〟を大切にしていきたい」と語った。
伊東住職は「法華経寺の建立から50年を迎えることに合わせて、復興間近の沖縄のシンボルとなる首里城で改めて法華経との結縁をすることができた。おそらく琉球処分後に仏教法要が行われるのは初めてではないか。今だからこそ法華経なんだ、法華経による救いが必要なんだ、ということを広く沖縄の人たちに伝えていきたい」と誓いを新たにした。




















