2024年7月1日号
おぼんのきせつ
家に帰ってくるご先祖さまのみ魂をお迎えし、いっしょに過ごす期間がお盆です。各家では精霊棚をしつらえ、故人が好きだった食べ物などをお供えします。
お盆が近づくと、祖母のことを思い出します。祖母はいつもうれしそうにお盆の支度をしていました。祖母の夫、つまり私の祖父は戦争で若くして亡くなりました。祖父の写真は戦災でほとんど焼けてしまい、遺ったのはたった1枚だけです。私が祖父の顔を知るすべは、それだけしかありませんでした。祖母は大切にしまってあるその1枚を、お盆のときだけ文箱から出して精霊棚に飾りました。
「甘い物が大好きな人だったから」といつも精霊棚に大福や羊羹をお供えしました。そして合掌を終えると、「いっしょに食べよう」といって2人で分け合っていただきました。そのとき決まったように祖父との思い出ばなしがはじまります。会ったことのない人の話は、まだ子どもの私にはピンときません。ある年、祖母の話をさえぎって「それはもう何度も聞いたよ」と席を立ってしまいました。
その時の祖母の悲しそうな顔が忘れられません。いまにして思えば、毎年同じ話になってしまうくらい、祖母には祖父との思い出が少なかったのかもしれません。ほんとうに、おばあちゃんごめんなさい。
いつしか祖父の亡くなった年を超え、だんだんあの日の祖母の年齢に近づいてきました。今年もわが家の精霊棚には大福や羊羹が供えられます。そして祖父の写真と祖母の写真が並びます。一緒に撮った写真すらなかった2人は、今年も手を取り合ってこの家に帰ってくることでしょう。
いいそびれてしまった「ごめんなさい」。照れくさくていえなかった「ありがとう」。亡くなってしまったあとでも、まだまにあいます。
「いのちに合掌」するお盆がある限り。




















