2006年11月20日号
函館の常住寺に見る新しいお寺のあり方
心にゆとりが必要と言われる現代、精神の教えである仏教に期待する声は多い。仏教と社会の接点であるお寺は、仏教儀礼のみならず心の拠り所として、人々の要望や都市・地方の地域性を考えた活動が課題となる。家族形態の変化、少子高齢化、地域での過疎化等様々な社会の変革がある中、寺のあり方を考えた管区寺院の一例を紹介する。
◇
観光で賑わう函館市は、近年の不況で企業が減少しており、更に近郊のベッドタウン化で人口が減少、中心街は空洞・高齢化が進み、青函航路で人や荷物が往来した頃に栄えていた街並みも変わりつつある。常住寺(鈴木曦寛住職・北海道南部宗務所長)は、夜景で有名な函館山の麓の静かな住宅街に位置している。同寺では今春、日蓮聖人「立正安国論」奏進750年慶讃事業の一環として納骨堂を建立した。建立にあたって重要と考えたのが、家族形態の変化・信仰相続の変化に伴う墓の問題であった。様々な要因で墓を次世代が引き継がなくなり、無縁となる懸念は、都市・地方ともに叫ばれているが、常住寺でも少なからず問題となっているようだ。
鈴木住職は檀信徒や地域の人々から先祖供養についての相談をヒントに、墓石墓地と比較しても充分な風格を備えた寺院霊園風の納骨堂建立を発起、同時に納骨規約も細部にわたり整備、将来の寺院と檀家に関わる懸念を一つずつ解決する努力を行っている。
「蓮華堂」と名付けられた納骨堂は、鉄筋コンクリート3階建てで、2、3階は納骨堂、祖師堂(立正閣)となっており、2、3階吹抜けの正面に安置された御本尊両脇には高さ8m、幅7mの「朝霧の身延山杉木立」が組み込まれ、荘厳な雰囲気を一層醸し出している。建物は足の不自由な人や車椅子の人でも利用できるよう設計。スロープや手すりが設けられ、車椅子専用のトイレも完備してある。更に、自然災害時の避難所としての役割を考え、震度7程度を想定した耐震設計を施しており、防災袋や非常用の飲料水・乾パン等の備えも万全である。
「日持上人広場」と名付けられた約五百畳敷き屋上には、時を告げる放送設備があり、春「早春譜」、夏「浜辺」、秋「夕焼け小焼け」、冬「ペチカ」と、季節により音楽を変え時報として地域に知らせる。古より寺の梵鐘が地域へ時を知らせる重要な役割を果たしてきたが、現代では「騒音」と受け取られ、地域と寺の確執の原因となる例も多々ある中、寺からの音楽時報は画期的なアイデアとはいえ、寺側で地域住民と時報について懇談したところ苦情のコメントは無かったそうで、「現代の梵鐘」として違和感無く地域での生活に溶け込んでいるようである。
鈴木住職は「お寺関係の人だけでなく、若者も含め地域の人々に様々な目的で利用してもらいたい。人と寺が縁で結ばれ、互いに顔を合わせ話をすることは昔も今も変わらず大事。縁は、お題目の種であり、縁を大切に育てればやがて華は開く」と語る。建立前は境内に座していた北方開教日持上人像は、津軽海峡一望の「日持上人広場」に移され、遠く身延山を望んでいる。(山本智雄記)