2006年11月20日号
本山妙宣寺の第47世貫首に関道雄師
新潟県佐渡市の本山妙宣寺の第47世貫首に関道雄師(63歳・佐渡市円静寺住職)が就任し、辞令伝達式が10月31日に東京大田区の日蓮宗宗務院で行われた。
佐渡生まれの関新貫首は、昭和48年から同60年まで妙宣寺の執事として山門建立などの諸事業に携わり、現在は新潟北部管区の宗務所長を務めている。今年7月に遷化された妙宣寺第46世吉田見全前貫首の後を受けての法燈継承となった。
辞令伝達式では小松浄慎宗務総長が、「重文の五重塔をはじめ多くの文化財を有する由緒ある本山の護持丹精はご苦労かと存じますが、ますますの発展に寄与していただきますようよろしくお願い申し上げます」と激励の言葉を述べた。
関新貫首は、「参拝者は減少傾向にあり、ここでは何でも一人でやらなければなりませんが、観光バスで訪れる法華経に未だ縁のない人たちにも、言説布教による縁づくりができれば」と、意気込みを語っている。
阿仏房妙宣寺
妙宣寺は、日蓮聖人佐渡ご配流中の外護者である阿仏房夫妻ゆかりの由緒寺院で、「阿仏房」の通称で知られる。阿仏房は俗名を遠藤為盛という元武士で、念仏者の敵として日蓮聖人を殺害しようとしたが、逆に説き伏せられて信者となり、妻の千日尼と共に熱心に聖人の給仕に務めた。
妙宣寺の創立は、阿仏房が入寂した弘安2年(1279)頃、子の藤九郎盛綱が自邸を寺としたのが始まりで、曾孫の日満上人が大いに教線を延ばし寺域の規模を拡大した。
主な宝物に、日蓮聖人御真筆の『千日尼御前御返事』「女人成仏御本尊」などがあり、文政8年(1825)に建立された新潟県唯一の五重塔や茅葺きの大書院が参拝者をいざなう。