オピニオン
2025年11月20日号
■格付けなんて
テレビ番組に「格付けチェック」がある。目隠しされてワインやバイオリンなど、どれが一番高価かを当てる。なかなか当たらないところが面白いのだとか▼フランスではレストランやワインなどいろいろと格付けされている。なにかと格付けしたがるのは人間の業なのだろうか。インドでは昔からカースト制度による4つの階級があった。それに否定的だったのがお釈迦さまで、人間を階級で分けるべきではないと主張された▼お釈迦さまの話にこんなのがある。ある時、釈迦族の王子たちが、お釈迦さまの弟子になることを決意した。また理容師のウパーリもお釈迦さまの弟子にと思い、王子らより先に弟子になった。弟子となった王子たちは、お釈迦さまや先に弟子となった人たちの足元にひざまずき、礼拝をしていったが、自分たちより身分の低かったウパーリには礼拝できなかった。お釈迦さまが「ウパーリに礼拝しなさい」と繰り返し言ったが、それでも王子たちはどうしてもできなかったという▼お釈迦さまは王子たちに「四河海に入って元の名なし。衆生仏海に帰すれば釈種を称す」といわれた。河の名はいろいろあっても海に流れれば元の名はない。同じようにお釈迦さまの前では私たちも皆同じ弟子である。お釈迦さまと日蓮聖人の純粋な格付けのない弟子としての自覚のもと修行に励もう。(友)

共に生きる
今年も長い夏でした。お盆の棚経で、あるお宅の玄関までの階段をあがる途中に突然、小鳥の群れがまとわりつくように目の前を飛び交いました。ふと足元を見ると巣から落ちたと思しき雛鳥がいます。階段は炎天下で熱そうです、雛鳥は階段横の日陰に遁れようと必死の様子でした。すぐに家の人が雛鳥をタオルに包んで庭の木蔭に移すと、あたりに騒がしい鳥の鳴き声が響きました。棚経を終え、探してみても雛鳥の姿はありません。巣から落ちた雛鳥の近くには親鳥がいるそうですが、ただただ雛鳥の巣立ちを願うばかりでした。親鳥は自らの命を張って子を守り、鳥は群れることで安全を確保しながら命を紡いでいるそうです。
私たちは引き継いだ命をいま生きています。そして共存する社会、あらゆる恩恵によって生かされています。宗祖は「一切衆生は互いに相助くる恩重し」と仰せです。命を尊重し、互いに助け合い、思いやる心は共存する私たちにとって大切です。(大阪豊能布教師会長・服部厚志)

2025年11月1日号
全人的医療の善医・四条金吾
全人的医療という言葉がある。
全人的医療とは「病める人の全体を診る医療」のことである。高木兼寛医学博士は「病を診ずして病人を診よ」といい、医学教育の基礎を築いたウイリアム・オスラーは「病いだけでなく病者を診よ」「良き医師は病気を治療し、偉大な医師は病者を治療する」という言葉を残している。これが医療の本来の姿であるはずだが、近年人工知能(AI)が医療の世界に進出して大きな役割を果たすようになってきている現状を見ると、人を乗り越えて「病気の治療に優れている」ことが医療の本質であるかのごとき理解が広まっているのではと危惧させられる。
全人的医療の背景には「病気を治療する」ということだけではない大きな意味が含まれている。すなわち、病者の人格を尊重し、多角的な視点から多くの病態を洞察するという意味である。また全人的医療では、臓器・器官あるいは専門領域を超えて病態を洞察すること、病者の人間性を尊重し、そしてその病態に関わる外的環境要因に細心の注意を払うことが求められる。そしてその基盤には、医療者の病者に関わる慈愛の心がなければならない。
臓器・器官あるいは専門領域を超えた病態、すなわち個人の病態への洞察として求められるのは、病者の感情と精神活動への理解であり、さらには霊的存在としての病者に配慮する医療者としての慈愛の心である。さらに病者を取り巻く環境や社会、文化的背景、歩んできた個人としての歴史、家族の状況などへの理解が必要である。医療の世界への進出が著しい人工知能(AI)技術がこれらをそなえているとは考え難い。
日蓮聖人に「善医」と称された檀越に、鎌倉幕府の北条家に仕える武士の四条金吾がいた。四条金吾が病気治療に関わる時には、常日頃の日蓮聖人の教示による法華経信仰に基づく謗法懴悔・善神守護の祈りの力を根本として、その上で身の病に対しては取り得る最善の対処を行うというのが治病対処の基本であったと思われる。
例えば主君の江馬光時の重病に対して請われて治病に当たった際、髪をつくろわず衣服を整える暇も惜しんで側に仕えて看病に当たり、病状の移り変わりに臨機応変に対応して、施療に当たりなさいとの日蓮聖人のご教示のお手紙が残っている。恐らく生薬の処方や針、灸などの指示を出しただけではなく、その後の経過を観察しながら変化に応じて対処法をこまめに変えて看病に当たったのではないかと推察され、そのことが主君の信頼を勝ち得て領地を賜ることにつながったと思われる。
日蓮聖人が晩年に体調をくずされた際にも、聖人ご自身が「日々の論義、月々の難、両度の流罪に身つかれ、心いたみ候し故にや」とその原因について深く洞察されている内容について理解した上で、これまでの病状の経緯や、身延山の過酷な自然環境や食生活などについて思いをめぐらしながら対処方法を考え、服用すべき生薬、生活上の注意などについて細心の助言をしたのではなかろうか。そのような、病状だけを見て判断するのではなく生活歴や環境全般にまで配慮して治病に向けた助言をしたからこそ、「貴辺の良薬を服して病状が回復した」と述べ、信徒の富木常忍夫人の病に対して「しかも善医あり。中務三郎左衛門尉殿は法華経の行者なり」と、四条金吾の治療を受けることを勧めるほどであった。四条金吾は、日蓮聖人が称賛するほど、全人的医療を弁えた善医であったのではないかと思う。 (論説委員・柴田寛彦)




















