オピニオン

2024年9月10日

〝Gaman〟がつないだ未来

今年の5月末から6月初めにかけて、かつて主任を務めていたシアトル日蓮仏教会を調査のために訪れた。シアトルという都市は、アメリカ西海岸の北部に位置するが、アメリカ本土の都市ではかなり早い時期から日本からの航路があり、多くの人が移り住んだ。きっと新しい人びとを受け入れやすい土地柄があったのだろう、私自身も、どのコミュニティーにおいても温かく迎え入れてもらった記憶しかない。シアトル日蓮仏教会も、そのような風土のもと百年以上の歴史を紡いできた。規模の大きな団体ではないが、メンバー(檀信徒)たちは、それぞれの得意分野を活かしてお寺の護持丹精に努めてきた。アメリカに移住した最初の世代を「1世(日系1世)」というが、1世の人びとの暮らしは苦難の連続であった。そのとき、「ガマン(我慢)」という言葉が1世の人びとの心のよりどころになっていた。今は「我慢」、その先にはきっと明るい未来がある、そこへ向かって共に助け合って生きていこう、という具合であった。そして、その記憶・想いは子や孫である「2世」「3世」にも受け継がれ、「ガマン」は先祖の苦労や人種差別との闘いとその後の努力、さらには日系人としての美徳やプライドを表す代表的な言葉になっていった。
思うに、そもそもの仏教的な意味や、日本における一般的な用法の「我慢」とは少し異なる意味合いが付与されていったようだ。第2次世界大戦中の強制収容所の記録展示のタイトルが「Gaman(ガマン)」だったこともある。そのような文化的背景のもと、お彼岸の折りに「六波羅蜜」について話すときにはいつも、参列の人びとは「忍辱(苦難を耐え忍ぶこと)」にひときわ大きな反応を示し、うなずいていたことが印象的だった。それほど「我慢すること」「耐え忍ぶこと」は日系人が彼の地で生き抜く上で大切なことだった。
そんな日系人が大好きなご遺文の1つがこちらである。「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかえれる事を。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を(『妙一尼御前御消息』)」。日本にいながらこのご遺文を読むと、冬のしんしんとした寒さや、続いてやってくる春の芽吹きや花が咲き始める様子が思い浮かぶが、アメリカではどのような情景が思い描かれるのか。戦時中の強制収容所の様子から想像してみる。
3ヵ所の強制収容所跡を訪ねたが、夏は焼けつくような強い日差しで突風が吹き荒れる。冬は凍てつくように寒い。どこも地の果てのような場所だった。そういう場所に急ごしらえで建てられた粗末な小屋に集められて生活をしていた。おそらく、収容者にとっては今そのときが「冬」で、強制収容所を出ることそのものが「春」だったのではないだろうか。必ず戦争が終わり収容所を出る日が来ることを信じて、このご遺文を読んでいたのではないだろうか。この一節は、多くの人にとって救いだったに違いない。
このたびの調査では、4~6歳ごろに強制収容所にいた経験のある人に話を聞くことができた。今では80代半ばである。子ども心に収容所での生活は楽しかったと回顧する。両親とずっと一緒に過ごすことができたから、と。そう話す様子に、恨みや悲しさは見られなかった。我慢のなかで確実につながれたいのち。「ガマン」の先には必ず未来があるのだ。
(論説委員・村上慧香)

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