2020年2月10日
「いま 幸せかい?」と聞いてくれる世間に
令和2年を迎え、今年は特別感慨深い正月を過ごした。一昨年の夏に、「男はつらいよ」シリーズの新作が22年という時を超えて制作されるという発表から、東京・柴又は久しぶりに映画「男はつらいよ」の撮影で湧いた。そして記念すべき第50作として年末から「男はつらいよ お帰り寅さん」と題し、全国で上映された。
かつては、「お盆と正月は寅さん」というのが風物詩だった映画界。しかし、月日が流れ、今では初めてこのタイトルを耳にする人もいるであろう。「男はつらいよ」は、〝1人の俳優が演じたもっとも長い映画シリーズ〟として、ギネスブックに認定される。山田洋二さん原作、監督による日本を代表する喜劇映画である。故渥美清さん演じる主人公「寅さん」の口上は、「わたくし、生まれも育ちも(東京)葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んで〝フーテンの寅〟 と発します」というのがお決まりのフレーズである。私が生まれ育った葛飾柴又の駅や参道、帝釈天(日蓮宗題経寺)境内には、その原風景に触れたいと、全国からたくさんの人たちが足を運んでいた。
なぜこんなに寅さんが、日本人の心を揺さぶるのであろうか? 映画の中で寅さんのセリフや行動から、現代人の今とこれからを探りたい。
寅さんは、腹巻に雪駄を履き鞄1つで全国に露天商をしながら旅に出て、さまざまな出来事やハプニングを通してそこで出会った人たちとの親交を深め「いま幸せかい?」と尋ねる。ストーリー終盤の別れ際には、「もし何かあったら、いつでも葛飾柴又のとらやへ訪ねて行きな。悪いようにはしねえからな」と言葉を掛ける。そんな寅さんの持つあたたかな人情を感じ、人はその世界に引き込まれていくのだと思う。
現代社会は、少子化が進み人口減少の問題が挙げられるなか、一層格差社会と人間関係の希薄化がクローズアップされている。諸問題の原因として私は、人に関心を寄せる、人の気持ちを察するという他者の存在への感受性が、鈍っているのではないかと思っている。人は1人では生きていけないということを、家庭や家族という営みの中で悟り、人の縁で生かされているということを、社会で悟ることができたら、世の中に何かしらの変化が生ずるのではないかと期待をする。
市場原理主義の効率と成果を優先にする思想は、格差社会を生み、地域コミュニティの衰退を促す。具体的な事象としては「昼間に地域にいないことによるかかわりの希薄化」「コミュニティ活動のきっかけとなる子どもの減少」「住民の頻繁な入れ替わりによる地域への愛着・帰属意識の低下」などが挙げられている。
仏教には機縁という言葉がある。機とは仏の教えを受けて悟るもの。一般的には衆生のことを言い、その資質や能力を示すこともある。機が備わり、仏の教えを受ける縁があって成立するとしている。日蓮聖人は、末法の時代には衆生(機)が未成熟になるので、より一層努力して法華経を弘めなくては(縁)ならないと示された。
「いま幸せかい?」「何かあったらいつでも訪ねて行きな」寅さんが出会う人びとに掛けてきたこの言葉は、地域、衆生の救済拠点としてある寺にいる私たち僧侶が、衆生に掛けていくべき言葉なのではないだろうか。利他の世界を映しだす「男はつらいよ」に現代の機縁さえ感じる。
(論説委員・早崎淳晃)