全国の通信記事
2017年3月11日号
岡山・お坊さんが笑点大喜利! 春のお施餓鬼大法要
【岡山】去る三月十一日岡山市北区三門に位置する妙林寺(小埜栄裕住職)に於いて、春のお施餓鬼大法要が行われ、檀信徒約六百名が参列した。
法要は、午前と午後の二座行われ、併せて東日本大震災の七回忌法要が営まれた。
法要の後には、司会者・回答者・座布団運びの計九名の僧侶による「お坊さん笑点大喜利」が行われた。
厳粛な法要とは打って変わり、司会と回答者のユーモアあふれるやりとりに、堂内は拍手と笑いに包まれた。
設置されたステージ上には、七色の着物を着た回答者が座し、お寺に関するお題に答えながら、各々座布団を重ねていった。
司会を行った小埜栄輝副住職は、「檀信徒にお寺や僧侶を身近に感じてもらうためには何か、と考え僧侶による笑点を思いつきました。テレビのような即興は無理だと考え、日々生活を共にする山務員と何度も練習を重ねてきました。檀信徒の皆様には、笑うことで、前向きに明るく楽しい日々を過ごしてもらいたいと思っています。ご要望があれば全国どこでも出張させて頂きます。」と語った。
2017年3月10日号
茨城 災害対策研修会
【茨城】災害対策支部=宗務所(相田要練所長)は、災害対策研修会を3月10日、筑西市星宮寺(相田要練住職)で開催した。当研修会は災害救援対策支部・講習会に檀信徒協議会・研修会を併修する形で開催され、管内教師及び寺族並びに檀信徒を中心に
120名が参加した。研修会に先立ち、宗務所長導師で管内修法師出仕のもと諸災害犠牲者供養(東日本大震災犠牲者第7回忌法要)・復興祈願の法要が行われた。
研修会には兵庫県立大学名誉教授・岡山県妙興寺修徒岡田真水上人が「『末法における環境共生への道」~環境宗教学の見地から~」とういう演題で講演を行った。講義では災害の影響や恐ろしさを複数のデータや写真を基に知り、お経文と御遺文を地震に照らし合わせ、仏教的な見方で災害という物を考えた。
講演の後の質疑応答には災害時の具体的な質文など、予定時間内では収まらないほどの参加者の質疑が飛び交った。
今回参加された方は「初めて研修会に参加させて頂きました。今までは災害の恐ろしさに怯えるだけでしたが、今回の講演を受けて災害に立ち向かっていこうという前向きな考えを持つことが出来ました。次回も是非参加させて欲しい。」との意見があった。
覚りに向けての歩み
キリスト教をはじめとする一神教と仏教との違いの第一は、「その宗教における究極の価値と人間との関係」であろう。一神教において究極的価値あるものは「神(創造主)」であり、仏教では「仏陀・覚り(涅槃、諸法の実相)」である。一神教における神は唯一の創造者として万物の上に君臨しており、「人間は絶対に神にはなれない」という点において、両者の関係は永遠に断絶している。ところが仏教(特に大乗仏教)の場合、「人間は覚りを得ることで仏陀になれる」という立場に立っており、一神教との差違が際立っている。仏教が「仏陀の教え」であると同時に「仏陀になるための教え」と言われる所以もここにある。
一神教と仏教との違いの第二としては、「聖典と真理との関係」が挙げられる。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」(『新約聖書』「ヨハネによる福音書」一.一)からも分かるように、一神教における聖典は「神のことば」であるのみならず、「神(=真理)」と同一視され絶対視されている。ところが仏教における「仏陀のことば」(仏典、経典)は、真理とは同一視されないのである。その証左の一つとして、釈尊が今生で敢えて成道を示現された後に、〝自分の証得した真理を説いても理解されない〟との理由で、数週間に渡って沈黙し続けられたことが挙げられる。成仏・涅槃という境地は、独り釈尊のみが証得された内的体験である。その当時、同じ体験をして仏となっていた者がいなかったため、自らの体験をことばに出して他者に伝えることが、釈尊にはどうしてもできなかったのである。仏の体験した境地(諸法の実相)は、同じ体験をした仏同士でしか共有できない。このことを『法華経』は、「唯仏与仏乃能究尽諸法実相(ただ仏同士のみが、諸法の実相を究め尽くしている)」と教えている。
もし釈尊がそのまま沈黙を守り続けていたとしたら、この世に「仏教」という宗教が誕生することはなかったであろう。ところが釈尊は、数週間にわたる沈黙と葛藤の後、遂に衆生に対して説法することを決意された。そして鹿野苑における、五比丘に対する初めての説法「初転法輪」へと連なっていくのである。ただし、いかに釈尊が説法を決意されたとはいえ、釈尊は依然として「自らが証得した真理、諸法の実相」を、衆生に対してことばで説明する術は持たれていなかった。では、真理を伝える術を持たれていないにも拘わらず、なぜ釈尊は説法を決意されたのだろうか。それは、「真理を伝える」ということを断念し、「人々を真理へと導く手段を講じよう」と思いを新たにされたからに他ならない。だからこそ、初転法輪で真っ先に説かれたのが、覚りに向けての歩みである中道(八正道)だったのである。
初転法輪以降、入滅に到るまで、釈尊は多くの教えをお説きになった。それらが「仏陀のことば」として、後代に経典として編み上げられていったのである。ときに「八万四千の法門」とも呼ばれる膨大な経典群は、古来「諸経の王」と評される『法華経』をはじめとして、その全てが私たちを覚り・諸法の実相へと導くために説かれたものであって、仏教における真理そのものではない。私たちは経典の教えに導かれ、自らが真理へと歩んでいくのである。しかも、諸経の王たる『法華経』のエッセンスは、お題目の七文字に具わっているとお祖師さまはお教え下さった。私たちはお題目をお唱えするときに、間違いなく覚りへと歩ませていただいているのである。(論説委員・鈴木隆泰)




















