ひとくち説法
2024年5月20日号
あの世で
あの世が有りや否や、この問いにお釈迦さまは答えません。悟り(完全なる人格完成)を得るにはあの世があろうとなかろうと関係がないからです。これを無答といいます。しかし法華経にはお釈迦さまの前世の話や、未来世にあなたは仏に成りますよ、と授記(確定認証)をされます。
病に倒れ、幼子を残して黄泉の国に旅立つ母親を見送る者は、あの世から幼子を見護ってほしいと願います。あの世が有りや否やの問いに、あの世はないという答えの入る隙間はありません。故人とどのように繋がっているかで、あの世は存在しています。
日蓮聖人は「日蓮より後に来たり給い候はば(中略)霊山へましまして艮の廊にて尋ねさせ給え、必ず待ち奉るべく候」(『波木井殿御書』)とお示し下さいます。あの世で日蓮聖人にお会いしましたら、ただ今戻りましたと元気にご挨拶できるように、より良い生き方をしていきましょう。
(千葉県南部布教師会長・蓑輪顕寿)

2024年5月1日号
人が行うから価値がある
昨年、将棋界では藤井聡太八冠が誕生し、大きな話題を呼んだ。しかし、その一方で「所詮、AIには勝てないですよ、人ですから」と、冷ややかな意見もあるようだ。
そんな折、公式の場でプロ棋士として初めてAIと対戦し敗れた故・米長邦雄元名人が、対戦前に語った言葉を思い出す。
米長元名人は「負けるつもりはないが、例え勝ったとしても、いずれ名人をはじめとするトップ棋士が負ける時代が必ず来る」と語るも、「だからといってそれが何ですか」と続けた。「自動車より速く走れる人はいない。しかしマラソンを見て感動する。それは人が行うからです。将棋も同じです。人の懸命さに感動があるのです」と。
何事もそうなのであろう。テープでお経を流すのではなく、人が読む。子どもが音程を外しながらでも、懸命に唱えるお題目。人は、先祖は、そして仏さまはそれを望んでいるのだから。

2024年4月20日号
修行の積み重ね
豊かな先進国である日本ですが、子どもの貧困・災害の激甚化・環境問題・少子高齢化・地方の過疎化など日本が直面している社会課題は山積しています。世界に目を移せば紛争・内戦・戦争、貧困、環境、教育などに関する諸問題があります。
『法華経化城喩品』で「無明縁行 行縁識」(無明は行に縁たり 行は識に縁たり)と説かれています。「無明」とは迷いの根本であり、始まりのない始まりから続く迷いの心であり、「行」とは悟りに到達するための行為・修行のことであり、「識」とは物事を見分ける心のはたらきになります。お釈迦さまは、我れに執着して本能のまま一時の感情のおもむくままに起こした誤った行動によってさらに迷い込むのではなく、安穏・安寧に向かう行為・修行を重ね、物事を見極める心の養いを示されております。
できることは限られると思いますが、小さなことを積み重ねる積功累徳に励みましょう。(神奈川3部布教師会長・下津行輝)




















