オピニオン
2026年4月1日
ホワイトライ
「クレタ人は皆嘘つきだと、クレタ人が言った」。古代ギリシアの哲学者が示した有名なパラドックスで、考えれば考えるほど頭が混乱してきます。
私たちは、時に正直であり、また時に心の弱さゆえ嘘をつく存在です。ただし、嘘は単純に善悪だけで割り切れるものではありません。「言いたいことが正直に言えず、つい嘘をついてしまった」と悔やむこともありますが、そこに相手を思いやる気持ちがあったのかもしれません。正しいストレートな言葉が相手を傷つけることもあれば、オブラートに包んだ嘘がかえって相手の気持ちや行動を良い方向へ導くこともあります。「嘘も方便」とは、時には嘘が正しい手立てとなる、という意味です。
「自分は信心が弱い」と思いながらも、仏さまに手を合わせる私たち。弱い心を抱えたままでも、南無妙法蓮華経と日々唱える姿があるなら、それで十分だと思います。




















