オピニオン
2024年3月1日
見る、見ていただく
いつものように起床した後、本堂のお釈迦さまや日蓮聖人、諸尊にご飯とお茶をお供えし、お勤めをする。お釈迦さま、日蓮聖人のお顔を拝すると、毎日表情が違う。良好な時もあればその反対の表情をされることもある。私の心がそう感じさせているのか? またはお釈迦さま、日蓮聖人が思考し行動せよと私に伝えられているのか? と判断はできないが、その両者であるのだろう。良い心持ちで過ごしていると、日蓮聖人の尊顔も柔らかく見え、よろしくないときは厳しく、悲しい表情をされる。唱題中に拝見するとふと今日やるべきこと、妙案が頭に浮かぶこともある。心を映す鏡となり、教えをいただくお姿だと思っている。
皆さまも、お参りする寺院や自らまつるご尊像をよくよく見てはどうであろうか? お顔を拝すると、仏さま、日蓮聖人からも見ていただくことになり、自らの進む方向が明らかにできると考える。(神奈川1部布教師会長・望月昌光)




















