オピニオン
2024年2月20日
親と子と
母が「ほんでもってさん」と呼んでいた檀家さんがあった。話し好きで、お参りのたびに母を見つけては、しゃべり倒す。終わりそうな話が「ほんでもって」と繋がれて、延々と続く。愛想の良い母も、大分苦労したらしい。
私が師父の後を継いだ時分には、すっかり耳が遠くなり、話しも控えめになっておられて、ほんでもってを体験したかった私には残念であった。
熱心な人で、新春の法要や春秋の彼岸、盂蘭盆会では、夫婦で参加して人一倍の音声で読経唱題し、太鼓を叩いておられた。難聴になってからもますます声が朗々となった。周りの音を聞かずにズンズンと進まれるので、合わせるのに難儀した。随分と鍛えてもらったように思う。
老夫婦を送り、息子の代になった。口数の少ない照れ笑いが似合う人だ。行事や回忌を重ねて、少しずつ打ち解けてきた。お互いの親のように、味わいのある関係になりたいものだと思う。(東京南部布教師会長・石川龍彦)




















