オピニオン

2021年2月1日

優しさに火をつけたい

寺の門前に男性が立ち止まり、こちらを見ている。中学校時代の同級生だった。中学校で一緒だったO君ですねと声をかけると境内に入ってきた。
60年近く会っていなかったのに彼のことをよく憶えていたのは、彼の家がある新興宗教の信徒だったということもあるが、寺に遊びに来て一緒に宿題をしたこともあり、そこそこのお付き合いをする仲でもあった。
懐かしくいろいろと話をしたが、彼は小学校や中学校時代の話題に入ることを拒否したのだ。
彼の家はとても貧しく、給食代の納入がいつも遅れ気味だったというのだが、担任教師がその都度クラス全員の前で彼を責めたのだそうだ。どれほど辛く悲しかったことか。
当時は身長の低い、おとなしく目立たないイメージだったが、目の前に立つ彼は170㌢の小生と肩を並べるほどになっていた。しかもその顔には自信が満ちあふれ堂々としている。
辛い少年期を過ごした彼は一念発起して勉学に励み、現在は医療技師として退職後も請われて有名な総合病院で働いているという。新興宗教に入信したのは彼の父親だけで、本人はクリスチャンになっていた。
誰もが彼のように逞しく生きられるわけではないだろうが、良い話を聞いてうれしかった。
さて、年が変わっても主宰するNGOは身動きが取れない状態だ。その間に国内で困窮する人たちが増えている。会員の人たちから預かっている資金の使い道も決まらないままになっていたのだが昨年の秋、以前から参加したいと考えていた母子家庭の支援に使わせてもらうことになった。
「静岡県母子寡婦福祉連絡会」は県社会福祉協議会が管轄する団体で母子と寡婦の生活支援をしている。そこに、ラオスで124校目の校舎を建てるための資金の中から400万円を寄贈したところ、それを会員である290家族への支援に使ってもらえた。
後に届いた200通以上の礼状にはその人たちの困難な生活ぶりが浮かび上がっていた。
「食べ盛りの2人の男の子に米を買ってあげたい」「7㌢も身長が伸びた長男に新しい服を買います」「欲しかった参考書を買いたい」「これで欲しかった部活の道具が手に入ります」などなど。
支援したのは母子家庭に1万円の商品券と5千円の図書券、寡婦家庭には商品券のみだったが、どれほど役に立ったかが痛いほど分かる。
支援元の「仏教救援センター」という会の名称から、多くの人たちが「仏教」による支援を身に滲みて感じているはずだ。うれしかったのは、この活動を紹介した地方新聞を読んだ人たちが連絡会に寄付を送ってくれるようになったことだ。なかには10万円、30万円という金額を送ってくれる人もいるという。
日本人が本来持つ優しさに皆が気づき始めた。今回、火を付けたのが仏教であることも自慢したい。誰もが辛い時だから、誰もが幸せになるための行動が求められている。
生きている人たちがつくる社会が幸せになって初めて、祖先の成仏も叶うというものだろう。(論説委員・伊藤佳通)

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