2020年12月10日
アメリカ大統領就任式に思う
大激戦のアメリカ大統領選挙が終わり、次期第46代大統領候補にジョー・バイデン氏が選ばれ、明年の1月20日に就任式が催されるという。
この就任式では、必ず大統領が連邦最高裁判所長官の前で右手を挙げ、左手を聖書に置き宣誓する。そして、結びに「So help me God(神よ ご照覧あれ!)」と発する。その後に大統領の演説がある。
昭和36年(1961)1月20日、ジョン・F・ケネディ第35代大統領の就任式が行われた。ケネディ大統領の名言、「貴方の国が貴方のために何ができるかを問わないで欲しい。貴方が貴方の国のために何ができるかを問うて欲しい」という言葉で締めくくった。その冒頭には「荘厳な誓いの言葉を、皆さんと全能の神の前で誓った」と述べている。
私は平成13年9月11日同時多発テロが起きる2年前の9月、アメリカのニューヨークとオハイオ州を渡邉宝陽元立正大学長とともに訪れた。アメリカの宗教事情を調べるのが目的であった。コロンビア大学でバーバラ・ルーシュ博士と会い、英国聖公会の著名な神父とも言葉を交わすことができた。
そこで、私は質問した。『何故、大統領就任式で聖書に手を置かなければならないのか』と。『そうしないと国民が納得しない』という回答であった。私はまた尋ねた。『それでは大統領が仏教徒であったらどうなのか』と。『その可能性はほとんどないと思うが、多分、仏典に手を置くのではないか』と返された。
もちろん、アメリカでも政教分離であるが、大統領の就任式に拘らず、地方自治の首長の就任式にはさまざまな宗教者代表が招かれるという。
平成21年(2009)1月20日、有色人種として初めて第44代となったバラク・オバマ大統領は就任演説で、世界の宗教事情に触れた。キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教の名は挙がったが、仏教という名称は出てこなかった。
第45代ドナルド・トランプ大統領が誕生するにはキリスト教、殊にプロテスタント福音派の強力な支援があったという。
アメリカしかり、ヨーロッパに目を向けても、英国国会議事堂の後ろに聳え立つのは、英国聖公会ウェストミンスター寺院、あのダイアナ妃の葬儀が行われた場でもある。謂わば、国会の守護神ともいうべき存在であろうか。ドイツにおいても、今のアンゲラ・メルケル首相の支持政党はキリスト教民主同盟である。そして、登録した国民から所得税の8%から9%の教会税を徴収し、その財力が教会活動の原動力になっているという。
欧米では、キリスト教が政治、経済、学問、文化、教育、医学などとあらゆる分野で大きな影響を与えている。それだけ人々とキリスト教の間が近いということであろう。
平成21年10月26日、『立正安国論』奏進750年に当り、京都本山立本寺で「いのちのシンポジウム 二一世紀の仏教―危機と挑戦―」が催された。基調講演されたハーバード大学世界宗教センター所長故ドナルド・スェアラー博士は、私はキリスト教の神学者であり信仰者であるが、と前置きし、仏教は高邁で深遠な教理を有している。具体的ではないが法華経第二八章には「少欲知足」が説かれ、それを実践し先導するのが僧侶でなければならない、と訴えた。
かつての日本仏教は、人びと、民衆に寄り添い近かった。今は社会から隔絶した状態にあるといえる。日本の社会にその存在感を示す具体的な方策を今こそ示さなければならない。
(論説委員・浜島典彦)