2020年10月1日
1人でも多くの子どもに食事を
今年の1月、71歳にして初めてインフルエンザに罹った。主治医の的確な処方によってわずか3日で快復できたのだが、日本だからそれで済んだのであって、発展途上国ではワクチンも治療薬も手に入らない人たちが数多くいて、世界の統計では毎年30万人から60万人がインフルエンザで亡くなっているというから恐ろしい病気なのだ。
他にもさまざまな病気で多くの人たちが命を落としている。中でもどうしてこんなことでと、耳を疑う死因が「脱水症」だ。人間の身体の大部分は水分だそうで、幼い幼児では体重の70㌫にもなるという。その体内から水分が失われると命にかかわる。脱水症は主に下痢で起こる。不衛生な生活が原因だ。ユニセフによれば毎年3百万人もの人たちが脱水症で亡くなっているという。
新型コロナの感染数や死者の数では大騒ぎするが、永年にわたり発展途上世界で命を落としている子どもたちのことは誰も気にしない。下痢による脱水死は感染もしないし、身の回りに頻繁に起きるわけでもないから「自分には関係ない」と思っているのだろう。しかし、一般社会がそうでも、信仰を持つ人たちがそれで良いのだろうか。
この脱水死から子どもたちを守る経口補水塩(ORS)の製造と配布活動を1982年からバングラデシュとラオスで続けた。1㍑のぬるま湯に溶かせて飲む塩と砂糖にカリウムなどを加えた小袋は、現地で製造すれば10円程度でできた。日本全国の寺院や檀信徒からいただいた会費や寄付金でその後9年間、毎年5百万円ずつ使わせていただいたのだから、何万人もの子どもたちの命を実際に救ってきたことになる。それで救われた多くの人たちはORSが日本の仏教徒から届けられたとは知らないが、彼らの感謝の気持ちは協力してくれた人たちに大きな功徳となって返ってきているに違いない。
それにしても3百万人もの死者が毎年出ている事実をどうしてマスコミは報じないのだろう。バングラデシュで活動していたとき、同国南部にあるチッタゴン州をサイクロンが襲い、10万人の犠牲者が出たと日本の新聞が伝えた。帰国中だったので慌てて現地に向かうと、迎えに来た人たちが大笑いして言った。「サイクロンは毎月上陸していて、その都度およそ5千人が犠牲になっているんだ。10万人になったから来たのか」
5千人と言えば阪神淡路大震災の犠牲者数にも匹敵するが、日本では報道されていない。どんなに悲惨なことが起きても、発展途上国のことや目新らしくない事は取材も報道もしないという姿勢が八正道を歩むべき私たちから「正見」を奪っている。
コロナ禍で忘れ去られているが、国内でも16㌫の家庭で月の所得が10万円程度の生活を強いられているという。そのしわ寄せは子どもたちに来ている。学校でいただく給食だけがまともな食事だという子どもたちも多いのだが、その給食費も、貧しい人たちにとっては大きな負担だ。義務教育でありながら、貧しい人たちから給食費を取るというシステムも理解できない。
「子どもたちの未来のために」を活動テーマとしているBACは、海外での活動停止に伴い、4百万円を静岡県母子寡婦福祉連合会に寄付をした。1人でも多くの子どもたちに満腹になるほどの食事を摂ってほしい。
三千世界は観念の世界ではない。生きている人たちのものなのだ。誰もが幸せに生きられる世の中にするために、祈るだけでなく、行動しよう。
(論説委員・伊藤佳通)
