オピニオン

2020年5月10日

文明国である条件

 新型コロナウイルス感染騒動の真只中の3月16日、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で、約3年8ヵ月前の平成28年7月、入所者19人の命を奪い、職員2人を含む26人に重軽傷を負わせた、元同施設職員の男に、横浜地裁は死刑を言い渡した。
 「重度障害者を育てることは間違い、殺せば不幸はなくなる」「障害者に使われている金をほかにまわせば社会に役立つ」と、障害者を差別し排除するその言動と動機、公判中も一切自省を見せず命の価値に序列をつけ、強い者だけを残し弱い者は摘むべしとして、凶行に及んだ所行は許すわけにはいかない。
 しかし、しかしである。インターネット上では、それを容認する意見も少なからずあったことは事実で非常に残念である。
 加えて報道によれば、横浜地裁は被害者の大半を「甲A」「乙B」などの記号のまま審理し、判決の当日遺族らの傍聴席の周辺を一切遮蔽していたという。遺族や家族を実名公表することや姿を見せることによって、差別や偏見に遭うことを懸念してのことであろう。そうしなければならない現実を踏まえると、「共生社会」「共栄社会」の道のりは長いと感じざるを得ない。
 ところで、平安時代の初頭、天台宗の伝教大師最澄(767~822)と法相宗の会津恵日寺の徳一(760?~853?)との間で、教学上の大論争が起こる。817年に始まり最澄の死で終わるが、この論争を「三一権実論争」という。「三一」は三乗と一乗のこと。「権実」は方便教と真実教のこと。つまり一乗思想と三乗思想の真実性を巡る論争で、どちらが正しいかということである。「乗」は運載の義であるから「悟りの世界に運ぶ乗り物」と理解してよかろう。天台の最澄は一乗の立場、法相の徳一は三乗の立場に立つ。
 最澄は人間すべて平等である。すべての人は悟りを得ることができる。1つの乗り物に乗せて成仏(一仏乗という)することができると、法華経―譬喩品の三車火宅の譬―を論拠として「真実」であると、力説する。
 これに対し法相の徳一は「五性格別」を立てて反論する。現実を見よ。現実の娑婆はそうではない、賢愚・強弱・美醜・貧富などなど区別がある。生まれながらにして声聞や縁覚にしか至れない人。仏になる素質を持った人もいる。心掛け次第で何とかなる人。しかし「無性有情」といって箸にも棒にもかからぬ奴もいる。これが現実であって娑婆で「真実」だと、声を大きくする。
 ある意味で法相の徳一の方が実態を踏まえていて正しいように思うが、これでは悲しい、これでは救いがない。宗教とは、衆生が苦しみ●く時、救いを求める拠り所である。現実すぎる法相の徳一よりも、一仏乗を説く最澄に軍配はある。
 日蓮宗の依経は法華経、法華経は一仏乗であるから「命」に差別も序列もない。だから「命に合掌」は似合う。
 世はコロナ、コロナである。そのコロナウイルスに攻め込まれている。全世界の全人類の人命を脅かしている。正に国難で日蓮聖人の『立正安国論』に説示される「人衆疾疫の難(疫病が流行し多くの人々が病に罹り死亡する災難のこと)」である。1日も早い収束を願い、早期のワクチンの開発を希っている。
 文明国である条件は、GNPでもなければ経済力でもない。ましてや軍事力でもない。人命と公衆衛生に対する鋭敏さ、にあるのである。
(論説委員・中條暁秀)

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