オピニオン

2019年1月10日

憲法について考えよう

憲法9条に自衛隊の名を加えて国の守りに備えたいという動きが、現実味を帯びてきている。自衛隊は実質上軍隊である。軍隊を憲法で認めれば、第9条を根底から覆すことになるであろう。我が国はかつて好戦的指導者によって、男性も女性も学生まで軍隊組織に動員され、世界を相手に戦争を行い、国民はひどい目に遭わされた。73年も前の話だが、今でもその後遺症に苦しんでいる人もいる。戦争がもたらす悲劇は甚大である。まして現代の化学兵器は一層強力になっていて、大量殺戮・大量破壊を可能にしているので、太平洋戦争の比ではない。自衛隊は日頃から戦いを想定して、実戦さながらの軍事訓練をしているが、どんな備えをしていても、いざ戦争になれば無に等しいと思えてならない。軍備は抑止力のためだという軍事評論家もいるが、果たして抑止力になるのだろうか。戦争がもたらす被害はすべての国民に及ぶ。そこで今一度、73年前を振り返って戦争の恐ろしさを考えてみたい。
太平洋戦争は、昭和20年になってから東京をはじめ、日本全国の都市が、米軍のB29の空襲に遭った。筆者も10歳の時、昭和20年5月29日に横浜で大空襲に遭い、火炎地獄の中を逃げ回り、どうにか生きながらえた1人である。米軍は皆殺し作戦(大量の焼夷弾を絨毯を敷くように隙間もなくばらまいて、家も人も何もかも焼き尽くす戦法)を行った。空襲が終わって焼け野原と化した街のあちらこちらに、真っ黒焦げになった焼死体が何人も転がっているのをこの目で見てきた。家を焼かれ肉親を失い、焼け跡に着の身着のままの子どもが泣いている姿もあった。戦争が終わったあと、手を差し伸べてくれる者もなく住む家もなく着る物も食べる物もない孤児たちが、駅の地下道やガード下でかろうじて生きている様子など、テレビの記録映像で見た。戦争の犠牲者は、戦地で戦って死んだ人ばかりではないということだ。夫が戦死したために、幼子を抱えて生きていくのに生涯死ぬほど辛い思いをした妻やその家族を何人も知っている。みんな戦争犠牲者である。また、戦災に遭って肉親や身内の者をすべて亡くした、いわゆる戦災孤といわれた子どもたちもそうだ。戦災で親を失った幼い子どもたちは、一瞬にして頼るものもなくなり、戦後、生きていく術もないまま、多くの子が病気や栄養失調で死んでいったのだと思うと、今でも辛い気持ちになる。野坂昭如氏の『火垂るの墓』のアニメ映画を時折ビデオで観るが、観るたびについ涙してしまう。
今でも中東諸国をはじめ世界中で何ヵ国も、内紛や集団テロによって殺戮と破壊が行われている。そこでは親を失い、路頭に迷って泣いている小さな子どもたちがたくさんいた。戦争がいかに罪悪であるかを思い知らされる。戦争は大人の、しかも一握りの指導者たちの身勝手な思いから始まる場合が多い。戦争が起これば必ず犠牲者が出る。戦争を始めた者はたいがい安全な場所にいて、直接戦って死ぬのは戦闘員であり、何の罪もない住民が殺されたり家を焼かれたりするのである。そこに親を失った戦争孤児が生まれる。戦争は人災である。平和的に解決するよう努力するのが為政者の役目であろう。
日本は戦争で敗れたあと、帝国憲法にかわって、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重を謳った憲法が制定された。現行の憲法第9条は、戦争で亡くなった300万人の霊に誓った反戦平和のシンボルである。憲法第9条に自衛隊の文字を加えることの重大さを、深く考える必要があろう。(論説委員・石川浩徳)

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