オピニオン

2016年5月10日

消えゆく春の小川

春の小川はさらさら行くよ
えびやめだかや小ぶなの群れに
今日も1日 日なたで泳ぎ
遊べ遊べとささやきながら
(曲 岡野貞一、詞 高野辰之、改作 林 柳波)
誰もが小学校のとき習った懐かしい唱歌である。まだ田や畑が周囲に存在する地方都市に住む筆者は、歌詞にあるような小川が流れる道を歩いていて、自然とこの唱歌を口ずさんでしまう。だが小川にはメダカも小ブナも見当たらない。
ふと遥か少年の頃を思い出す。そのころ田舎へ行けばどんなに狭い小川にも清らかな水が流れていて、春の小川の歌詞のとおり、エビやメダカやフナが泳いでいるのが見え、友だちとタモ(網)ですくって遊んだものである。稲作の水田に苗を植え付けてから生育する間に、独特の農機具で草取り作業が行われたが、そんなとき水面に亀が顔を出すこともしばしば。また、小川にいるドジョウを捕まえるため、モンドリ(生け捕り用の罠)に餌を入れて前の晩にかけておくと、翌朝、モンドリにはいっぱいドジョウが入っていた。どんな小さな川にもメダカや小ブナがいるのは当たり前の時代だった。夏の夜はホタルが飛び交い、あぜ道を走った少年のころはもうセピア色になった遠い思い出となった。今では、メダカも小ブナもドジョウも田舎町の川からは姿を消してしまったようである。きれいな水が流れていても、どの小川にもメダカやフナなど見つけられない。それどころか立ち止まって流れをじっと見ていても生き物らしきものは一匹も見当たらないのだ。こういう状況は随分前からあったが、あらためて水ぬるむ小川の流れに手を入れていると、昔を懐かしく思い出しながらも、残念に思えてならぬ。
川から生きものがいなくなった原因にはいろいろあるだろうが、工場からの廃液や農薬の使用、合成洗剤を含む家庭排水など、複合汚染が要因であると指摘されている。食料を生産するための農薬使用量には制限があるが、それは人間に害を与えないための制限であるため、川の生き物がどんどん減少していったということは、川の水を利用する人間にだっていいはずはなかろう。
田舎町は、以前は田や畑であったところを開発し、家を建てたことにより、場所によっては住宅街に挟まれるように田圃が点在しているのが現状である。道路はアスファルトで小川はU字型のコンクリートによって溝ができていて、昔のままに存在しているが、メダカや小ブナなどは生息しにくい環境になっている。その小ブナも生息できなくなった小川の水を田圃に引いて、稲を育て米を収穫するのであるから、長い目で見れば人間に悪い影響を及ぼすのではないかと心配になる。
〝春の小川〟を歌いながら、山や川や里の様子など自然の風景を思い起こし、もう昔のような川にもどることはないのだろうと自問する。幼い子どもたちが裸足で小川に入って遊んでも、安心していられる自然を取り戻したいと思うのは筆者ばかりではないだろう。
(論説委員・石川浩徳)

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