2020年7月1日
新しい世相をつくるのは私たち
5月20日、天皇・皇后両陛下は、新型コロナウイルス感染症の治療に当たる医療現場の状況などについて、日本赤十字社から説明を受けられた。説明に先立ち天皇陛下は、「お疲れもいかばかりかと案じていますし、心ない偏見に遭う方もおられると聞き心配しています」と述べ、同社名誉総裁の皇后さまも医療従事者へのねぎらいの言葉を伝えられた。両陛下が、コロナ関連で専門家からの話をお聞きになるのは、4回目である。
他方、コロナウイルスによる死者が10万人に迫る米国のニューヨーク・タイムズ紙は、5月24日に一面を死者の名前や享年、一言紹介だけで埋め尽くし4ページにわたって掲載した。「数字慣れ」を起こしてしまうと、計り知れない喪失は実感できないと記している。
小稿執筆中に緊急事態宣言が解除された。社会は新しい生活様式への移行と経済活動の再開を図り動き出したが、そこには種々の制限と共に、依然として感染への恐れとこれに伴う偏見や差別あるいは格差が存在し続けていた。
酒井義一氏(ハンセン病首都圏市民の会事務局長・真宗大谷派存明寺住職)は、5月14日の仏教タイムス紙で、「歴史も状況も違いはありますが、差別や偏見が生じる構図は、ハンセン病も新型コロナも同根だと感じています」と述べ、3つの共通パターンを挙げている。
①【よく分からない】無知。ハンセン病もそうであったように、新型コロナウイルスについて、すべてが解明されておらず、はっきりしない情報の中で、勝手に負のイメージを拡大してしまう。
②【恐れる】人間は恐れを感じると自己防衛本能が働く。しかし、自分の身を守る思いは時に暴発する。そして差別が起こる。排除すべきは菌であるのに、必要以上に人間を排除しようとしてしまう。
③【ひとくくりにする】「ハンセン病患者」「コロナウイルスの感染者」というように、ひとくくりに捉える。人権上、感染者は数字で発表されるが、その向こうには名前を持った一人ひとりの人間がいる。ひとくくりにすることによって、苦しみや辛さを抱える人間を見えなくしてしまう。
つづけて酒井師は、私たちに必要なのは、ウイルスに対する正しい認識や理解だけでなく、「自らの中にある様々な課題や闇に気づいていくこと、そして相手を人間として見つめるまなこを持つことが大切」と語る。
日蓮聖人は『観心本尊抄』の中で「不軽菩薩は所見の人において仏身を見る」と記され、今日の私どももまた宗祖に学び、他者に仏の姿を見て互いの「いのち」を軽んじることなく深く敬う菩薩行の実践=「いのちに合掌」を生き方の基としている。ならば今こそ自他の環境・生活・経済などの条件いかんに拘らず、ことさらに深く敬う姿を体現すべき時ではあるまいか。
新型コロナウイルス禍では、当たり前の日常では見えなかった人間の闇があらわとなり社会全体が病んだ。その様相は、衆生の善心を害する「貪り」「怒り」「無知」の三毒に蝕まれ、互いが苦しみの海に浮沈しているようである。
今後、多くの分野で行動様式や意識が変容し始め、新たな価値観を生み時代が形づくられていくことだろう。寄り添い、支え合いの形が多様であるように変化の時代に「いのちに合掌」の体現は千差万別あって善い。
私の行う小さな菩薩行が、それぞれの場と人を得て灯されるとき、衆生の闇を照らすに違いない。世相をつくるのは私という存在の集合体である。
(論説委員・村井惇匡)