オピニオン

2016年9月10日

長寿を価値あるものに

 長寿国日本といわれています。WHO発行の「世界保健統計」によると、日本の女性の平均寿命は87歳で世界一です。男性の場合は80歳でこれは世界8位です。いずれにしても長寿国には違いありません。人生わずか50年といわれていたことから比べれば30年以上も長生きする国になったのです。
 訃報広告などに、故人の死亡年齢が書かれていますが、多くは80歳以上、中には100歳を超えている人もいます。80歳90歳がごく当たり前の生涯年齢に思えてきて、70歳で故人となられると、早く逝かれたようにさえ思えてくるものです。寿命というものは人それぞれに違います。大事なことは、いかに人間としての誇りをもって生きたか、人生の価値を見極めることではないでしょうか。命はわずかでも貴重なものであり大切なものです。
 日蓮聖人は、人の寿命は吐く息と吸う息の間であると断じられました。『妙法尼御前御返事』に「人の寿命は無常なり 出る息は入る息をまつことなく 風の前の露なおたとえにあらず…」と申されています。寿命は風の前の露のごとくはかないものであり、吐く息と吸う息の間という瞬間のものであると示されたお言葉です。はかないだけに貴重な命であるということでもあります。この瞬間が寿命であり再び帰ってこない貴重な瞬間でもあります。80年90年の寿命を頂いたのは、瞬間瞬間の命がつながった結果であるともいえましょう。そしてこの寿命は何年というように誰にも保証されているものはありません。
「賢きもはかなきも 老いたるも若きも 定めなき習いなり」と、いかなる人もこの理からのがれることはできないのです。だからこそ日蓮聖人は「先ず臨終のことを習うて後に他事を習うべし」と諭されたのです。臨終のことを習うというのは、いつ何時、寿命の終わりがきても決して悔いがないという感慨をもって迎える「覚悟」と「安心」のことです。そのためには、何年生きようが、毎日毎日が再び訪れない貴重な時間であるという心で過ごすことがとても大切なことであります。臨終をまぢかにして慌てないようにしたいものです。
 人身は受け難いものであることを、日蓮聖人は譬えをひかれ、大海の底に針を立て、大風が吹いている最中、天より糸を下して、針の穴にこの糸を通すという不思議はあっても、人間に生を受けることはそれよりも有り難いことである(『法華大綱抄』)と述べられています。このように貴重な人身を受け、しかも長寿をいただいたからには、更に「如来の聖経に遇い奉り、現世安穏後生善処の妙法を持つ」ことに精進することが何より大切なことであると教えています。み仏の正しい教えを持ち、生死の絆を離れるために精進することが、この世に寿命をいただいた目的であると悟らねばなりません。これが「まず臨終のことを習うて」という意味でありましょう。
 長寿をいただいたことを有り難く思い、み仏の教えに耳を傾けて悟りの道を求めることこそ、消えることのない今生の思い出となるのではないでしょうか。
 彼岸とは悟りの世界であります。秋の彼岸会を迎えわが命を見つめ直し、み仏の教えに耳を傾け、彼岸への道を歩めば、長寿も一層価値あるものとなるのだと思います。
(論説委員・石川浩徳)

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