オピニオン
2018年9月10日
滅罪の唱題
生きる喜びは愛される喜びと愛する喜びに集約されます。愛され、愛する人は最高の喜びを手にしています。愛されず、愛そうともしない人は空しさのみを手にするでしょう。愛されても愛せない生き方、愛しても愛されない生き方はあるのでしょうか。人は愛されて愛することを学び、愛することで愛されるのですから、常に愛することと愛されることはバランスがとれているはずです。
愛しているのに愛されていないと感じた人は、その愛は本当の愛ではなく、エゴに支配されているに違いありません。本当の愛には自己矛盾はないからです。
常不軽菩薩は愛することで、愛のない言動の罪を亡ぼしていきました。この歳になってようやくこの単純な法則に気づきました。私の人生を冷たく暗く寂しいものにしていたのは、私のエゴだったのです。既にこの世にはいない父母に心から懺悔し、滅罪の読誦唱題に励みたいと願っています。
(香川県布教師会長・高岡完匡)
