オピニオン
2018年11月10日
合掌の心
かつて永六輔さんがラジオで問題にして論争を生んだことがありました。学校の給食で合掌して「いただきます」と唱和することへのクレームが保護者からきたことです。「給食費を払っているので食事をするのは当然の権利。公立学校に合掌という宗教行為を持ち込むのはおかしい」というのがその人の言い分。その結果、笛の合図で給食を食べ始めるようになったとか。これに違和感を持つ人も多いのではないでしょうか。肉にしても野菜にしても元は尊いいのちです。だからいのちをいただきます。いのちの問題は理科だけに正解を求めるわけにはいきません。真のいのちの理解には宗教の助けも必要なのでは。
いのちを唯物的に、あるいは損得だけで割り切ってしまう。心が伴わない報恩感謝のない教育では、悪知恵が働く賢き鬼を作り出すだけになりかねません。本当に美味しいものを美味しくいただくこともできないと思います。
(佐賀県布教師会長・辻雅英)