書評
2013年9月1日
日蓮宗と戦国京都
「なぜ信長は本能寺を宿所としていたのか?」という興味をそそられるキャッチコピー本の帯にある『日蓮宗と戦国京都』(河内将芳著)が淡交社から刊行された。
大覚大僧正妙実上人が朝廷から大僧正位を賜り、日蓮宗が名実ともに国家公認の教団となったとされるのは1358年のこと。それより約200年の後、室町後期から戦国時代の日蓮宗の社会的地位はどのようになったか。比叡山延暦寺に代表される古来の宗派との軋轢や同じ鎌倉仏教の他宗派との比較を通じて、日蓮宗の当時の姿を描いたのがこの書。天文法華の乱(天文法難)や安土宗論を中心に、それに至る時代背景を通して解説する。
この二つの歴史事象は、新興の鎌倉仏教の宗派が延暦寺大衆とすでに対等・同列として扱われたということを証す。それに至る過程にあった日蓮宗と世俗の武家権力との結びつき探り、さらに新たな権力者・織田信長に対し日蓮宗はどう向き合っていったのかを多くの史料を通じて導き出す一書。歴史好きだからといって安易に読めるような易しい本ではない。しかし日蓮宗僧侶であるなら、この書にあるような知識を素養として身につけておくべきではあろう。
(淡交社刊・定価1890円)
「法華経」ってそういうことだったんだ。
宗教学者で立正大学、慶應義塾大学非常勤講師の正木晃氏の法華経の新現代語訳、『法華経ってそういうことだったんだ。』(三一書房)が刊行された。正木氏の専門は日本密教とチベット密教だが、しばしば日蓮宗の研修などで現代に即応した法華経や日蓮聖人の教義の解釈を語り、僧侶檀信徒に影響を与えている。確かに講演を聞くと正木氏の第三者的な視点からご遺文を捉える言葉には説得力があり、時には日蓮宗徒が目指さなければならないことをはっきりとした口調で言い切るのは清々しいものがある。本書にはそういった正木氏の性格が顔をのぞかせている。
構成は法華経の中から日蓮宗でよく読まれるお経(「序品」「方便品」「提婆達多品」「如来寿量品」など)の現代語訳と解説、また法華経の成立から日本での歴史、さらに近代の信仰者についてまで、わかりやすい説明がされている。訳については難解な語も一般に読んで伝わる言葉に置き換えられているため、わざわざ注釈などを見なくて済むように工夫されている。さらには一度出てきた難しい語も再度わかりやすく説明されているため、「この語はどういう意味だったか」と前のページに戻って探す必要もなく親切だ。
さて読み進めていくと、序品の訳文は何かすごく大きなことが始まるのではないかと思わせる、まるでオペラの序曲のような感覚を覚える。その理由は難解な語に邪魔されることないことと、戯曲のシナリオのようにテンポがいいからであろう。あっという間に序品を始め、一冊を読み終えてしまった。
解説では「提婆達多品」の女人成仏の記述についての解釈が素晴らしい。古来、法華経以外の仏教経典では女性が成仏するとは説かれていない。法華経でもあくまで「男となってから如来になった」と解釈するのが通説となっていた。しかし、正木氏をはじめ最近の研究者はそれに異を唱える。日蓮聖人はご遺文に「女性のまま成仏した」と書かれているため、それを論証するのだ。全く納得のいく話である。
(定価1995円)