論説

2023年3月10日号

昔、お寺と呼ばれていた

 「法華経にあわせ給ひぬ。一日も生きてをはせば功徳つもるべし」(『可延定業御書』)と、日蓮聖人は療養中の富木常忍の妻へ励ましのお手紙を出されています。当寺発行の日めくりカレンダーの31日に掲載し、お参りに来る高齢者にも「1日でも長生きしてほしい。生きることを喜びにしてほしい」と、このことばで語りかけています。
 当寺の祖師像は105歳で遷化した有縁の上人が彫刻した等身大のお像です。その脇には長崎の平和祈念像の作者・北村西望作の観音像が祀られています。この西望氏も104歳の長寿でした。「皆さんもあやかって必ず長生きできます。1日でも長生きすれば、それだけ法華経の功徳を積むのですから」とお参りを勧めています。有難いことに年配者が嬉々として参拝に来ます。しかし先月、106歳を筆頭に100歳を超えた女性が相次いで亡くなりました。それぞれの人生と最期もまたそれぞれ。明日は我が身の晩節を真剣に考えさせられました。死後の世界はわからない。その不安の解決を宗教に求める人はまだ良い方で、考えることを避けている人がほとんどでしょう。
 49日の法要は必ずお寺で行うことにしています。「今日故人はあの世へ旅立ちますが、あの世があると思いますか。あるとすればどこに」と尋ねます。多くの人が「天国に」と答えます。「では草葉の陰や泉下の御霊は」というと、黙り込みます。『波木井殿御書』を唱和して、閻魔さま、三途の川、死出の山、冥土の話をし、日本人が古くから闇に美を見出しきた「月夜見の国」「黄泉の国」を説明し、そこが霊山浄土であり、一緒に読んだ法華経の力で故人は霊山へ直行します。さらにその丑寅の渡殿(鬼門)で日蓮聖人が待っていて下さり、背中をポンと押されてこの世に戻ります。黄泉の国から帰ってくるので「蘇る」というのですよと話します。
 これを信じるかどうかが宗教であり、私たちの死生観は法華経の「娑婆即寂光」の教えから、この世に生き続けるために生まれ変わると考えるようになったのでしょう。日本人は長い間この価値観を共有してきましたが、「あの世は天国」という人がこの蘇りの死生観をイメージできるわけがありません。ご遺文は「信じるかどうかはあなた次第、地獄に落ちても日蓮を恨まないで下さい」と締め括ります。しかし、その死後の世界を真剣に考える人はほとんどいないようです。この宗教離れはお寺の将来に大きな影を落としています。この危機に瀕したお寺を立て直す気概や方策が残念ながら今の私たちにはありません。
 あるメガバンクは「昔、銀行と呼ばれていた」をコンセプトに、やがて消滅するであろう銀行をどう改革していこうかという若手チームの試行錯誤が新聞記事で掲載されていました。「強いものが生き残れるのではない。変化に対応できるものが生き残る」とはダーウィンの言葉です。企業や組織は時代に適合して改革していかなければ存続できないのは自明の理です。
 宗教はなくならないでしょう。しかし、お寺は激減していきます。たとえ日蓮宗が消滅しても法華経信仰は残らなければなりません。それは日蓮聖人が目指された「立正安国」の世界の創造によってしか、この世が常寂光土にはならないからです。
 「昔、お寺と呼ばれていた」と廃墟と化した寺院を想像し、急激な国家社会の変化に適合できる素養と信仰を共生し、機敏に進化していくことをこの春のお彼岸のテーマにしていきましょう。
    (論説委員・岩永泰賢)

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2023年3月1日号

多様性を認める

■法華経はLGBTQ差別?
 性的少数者を表すLGBTQという言葉の認知度が上がっている。Lesbian/Gay(同性愛者)、Bisexual(同性愛+異性愛者)、Transgender(心と身体の性が一致しない人)、QueerやQuestioning(性的嗜好・性自認が定まっていない人)の頭文字をとったものである。
 我々法華信徒はこの問題を等閑視できない。法華経の安楽行品に、親しく付き合うことを避ける対象として性的不能者(パンダカ、不男)が挙げられていることから、「法華経はLGBTQ差別の経典だ」という批判があるからである。
 当該箇所は、仏が文殊菩薩に対して男性出家者たちの振舞(身安楽行)について語っている散文部分にある。
 これに対して上田本昌先生は、その後続の偈文に注目した。韻文部分では、散文部分で「親しくするなかれ」と言われた者たちのためにも法華経を説けといわれ、而も説法することに「怯弱であってはならない」とある。口安楽行に関する偈文では「慈心をもって法を説け」とあり、さらに意安楽行では「一切の衆生に平等に法を説け」とあることを指摘した(「法華經安樂行品の戒律について」『印佛研』1958)。
■性的アイデンティティ
 上田論文とは別に、2021年、菊岡妙光師が「安楽行品第十四〝不男〟について」という興味深い論考を発表している(『教化学研究十二』)。
 羅什訳の安楽行品では梵文にはない「五種不男」という言葉が用いられている。菊岡師は論文中で五種不男を説明していて、それらはすべて身体器官に関するものである。
 ところが免疫学の権威であった多田富雄博士は「〝性的アイデンティティ〟は単に外性器を含む身体的特徴からだけでは決定されない」と述べる(『生命の意味論』)。現代科学が明らかにした自然の性の分化過程を考えれば、さまざまな段階での「間性」が成立し、2万人に1人位の割合で遺伝的な性と反対の身体的な性を持っている人がいるという。
 脳の性は胎児期のホルモン環境によって副次的に決定される。同性愛を差別したり、道徳的な罪を着せたりすることを博士は厳しく戒めた。博士によれば「同性愛はまさしく、人間の性の生物学的多型性の中でのひとつの形なのである」。
 今年2月のはじめ世間を騒がせた首相の「同性婚の法制化は家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」という発言や、それに続く秘書官の差別的な発言は実に不見識なものであったと言わざるをえない。
■多様な性認識こそ伝統的?
 歴史を見れば、古代の方がおおらかな性意識をもっていたことがわかる。プラトンの『饗宴』には喜劇作者アリストパネスが語る太古の人間の話がある。そこでは、人には男男、男女、女女の3種あった、と「間性」に言及している。胎児は受精後7週目まで性的両能期にあることを考えると興味深い。
 また菊岡論文が取り上げていた12世紀の仏教詩人の作品『大いなる起滅の物語』には、二劫の間「男・女・不男不女」が浮遊し、その後各自の業によって「男・女・不男不女」の人間たちが生まれたとある。師は人には「最初から男性・女性・不男・不女がこの世に存在していることになる」とした。
 かくなる上はLGBTQという男性・女性以外の多様な性を認め、安楽行品偈文に従い、全てを差別せず法華経の皆成仏の教えを伝えるべきではないか。
    (論説委員・岡田真水)

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