ひとくち説法
2022年10月10日号
おめくさん
お会式の季節です。30年以上前の我が寺のお会式は、2ヵ月遅れの12月12日の夜につとめていました。雪の降る寒い年もありました。檀徒さんは、お会式とはいわず、「おめくさん」といって大切な年中行事でした。今でも高齢者には「おめくさん」といったほうがわかりやすい行事です。おめくさんが近づいてくると、総代さんや近隣の長老がお寺に集まり、まず竹を切り、ヒゴを作り、桜の花を作り、1本のヒゴに5枚の桜を取り付け、会式桜を作ることが恒例となっていました。仕事は何日か続きましたが、その日の作業が終えたところで、それぞれが持ち寄ってきたごちそうを食べながら、住職から日蓮聖人の話を聞くのも「おめくさん」でした。12月12日、お参りの人は「おめくさん、おめでとう」といって挨拶をかわし、長老が作った会式桜をお守りのように大切に持ち帰りました。時代が変わっても、コロナ禍にあっても、日蓮聖人への報恩はかわりません。
(奈良県布教師会長・岡田法顯)
2022年10月1日号
親の恩
日蓮聖人は「父母の恩のおもき事は大海のごとし」(『上野殿御返事』)といわれています。このお言葉は、親として生きている者が考えなければいけない大切なことを含んでいます。それは親が、自分の子や孫に対して恩を感じてもらえるような行動をしなければならないということです。昨今、幼子をほったらかしにして遊び惚ける親の保護責任者遺棄の行動が多く報じられます。これでは子や孫が大きくなった時、親の恩を感じることなどないでしょう。私の親は食べ物を大切にすることを厳しく教えてくれました。食べ物を粗末にする人はいつか食べ物に苦労すると、口を酸っぱくして言い続けました。私は今でもご飯を頂くとき1粒も残しません。「蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり」(『崇峻天皇御書』)と日蓮聖人はお教えです。子や孫に人生の生き方となる心の宝を教えることが、親の恩を感じてもらえる行動ではないでしょうか。
(滋賀県布教師会長・福島謙應)