論説

2022年9月10日号

スリランカへの知恩報恩

■スリランカへの恩義
かつてセイロンと呼ばれたスリランカが日本と国交を樹立して今年で満70年になる。
その前年の1951年、戦敗国日本の国運をかけたサンフランシスコ講和会議で、セイロン代表のジャヤワルダナ蔵相(後にスリランカ大統領)は、パーリ仏典の一節を引用して、憎しみを持つことなく、日本に対する一切の賠償権を放棄することを表明した。
「怨みに報いるに怨みをもってしたならばついに怨みのやむことがない。怨みを捨ててこそ怨みはやむ」『ダンマパダ5』
日本の完全な自由と独立を訴えた彼の演説は、会議の流れを変え、戦勝国から出されていた厳しい制裁措置案は消えた。そして翌年、日本は国際社会に復帰することができたのだった。
この大統領の遺言状には「視力を失った日本の人に、私の角膜を役立てるように」という1行があった。死後実際に角膜のひとつは群馬県在住の日本女性に移植された。新しいデータはないが、わが国は2005年までにスリランカから、少なくとも2千以上の角膜の寄贈を受けている。かの国にはシビ・ジャータカという仏の前世物語に倣って「眼施」を実践する人が多いのである。
このようにわが国は、スリランカには怨みを水に流してもらった上に貴重な角膜提供まで受けている。
その上、2011年の東日本大震災に際しては、15人からなる瓦礫除去チームの派遣、100万米ドルの義援金、紅茶のティーバッグ300万個その他たくさんの支援を寄せて下さった。
■「眼には眼を」の報恩
2004年12月、スリランカは、スマトラ沖地震の津波被災で約3万8千人が死亡、約83万人が家を失った。その1年後、国際交流ならふれあいの会事務局長から、この災害で、眼鏡を失い、再び手に入れられないで困っているスリランカ人が多いことを聞いた。「〈眼には眼を〉だ、角膜のお礼に眼鏡を贈ろう!」。そう考えた私は、理事長をしていたNPO法人千姫プロジェクトを中心として不要になった眼鏡やレンズの提供を呼びかけ、眼鏡2801個、レンズ1374個を集めてスリランカに贈った。
■身延山とスリランカのご縁
この時、眼鏡の受取人となったダルマアショーカ寺住職ダンミカ長老は、身延町の吉村明悦師と親交があり、身延山とご縁があるということを後年知って驚いた。
スリランカの最高位僧、国会議長、駐日大使が揃って内野日総法主猊下を訪問されたこともある。一行は、当時久遠寺布教部長だった吉村師の案内で祖廟と御草庵を参拝した(本紙2012年11月1日号)。
■スリランカの経済危機
そのスリランカで、コロナによる観光業の落ち込みもあり、今年激しいインフレが発生して国民生活を圧迫している。4月には、政府が事実上の債務不履行(デフォルト)を宣言し、5月国民的英雄だったマヒンダ・ラージャパクサ首相は辞任した。
6月、ダンミカ長老が今年も日本の信徒の招きで、ウェーサク祭に来日して、「スリランカは大変なことになっています」と電話してきた。
「知恩」はサンスクリット語でクリタ・ジュニャーといい、「なされたことを知る」という意味である。怨みを捨ててスリランカが日本を助けてくれたこと、角膜を贈与してくれたことを知って忘れないのは知恩の行いである。スリランカの国難の今こそ、どの様な「報恩」ができるのか考える時であろう。
(論説委員・岡田真水)

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