ひとくち説法
2021年4月10日号
平らかなるは人なり
昨年から続く新型コロナウィルス感染症のため私たちの生活もすっかり様変わりしました。「会いたくても会えないつらさ」が「会えるのに会わないつらさ」に変わり、自粛生活が続く中でストレスが溜まり、些細なことで他人を責め、家庭内で暴力を振るうケースが増加しています。
いま注目されているプログラムに「アンガーマネジメント」というものがあります。直訳すると「怒りを管理する」ということになり、怒りに振り回されず上手に付き合うことを目標としています。その基本は「カッとなったら6秒待つ」というものです。怒りのピークは6秒といわれ、それを過ぎると怒りの衝動は収まっていきます。逆に6秒の間に行動を起こすと、思っている以上の言葉や攻撃を相手にぶつける結果になります。
日蓮聖人は「瞋るは地獄~平らかなるは人なり」と示されています。苦しい世相にあっても仏の心で、仏の世界を作っていきましょう。
(北海道東部布教師会長・森脇智亮)
2021年4月1日号
コロナ禍を生きる
仏教には慈悲という言葉があります。この慈悲の「慈」とはすべての人びとに対する親愛の精神、「悲」とは多くの人の苦しみを共に感じ、その苦しみ癒やすことであります。
今、世に中はコロナウイルス禍の真っ只中にあり、このいつ終わるとも知れないコロナウイルスに、体だけではなく、心までもむしばまれ、多くの人に対し、誹謗中傷が横行する毎日が続いております。
草木が芽吹き、春の足音が聞こえてきました。ですが、私どもの心は迷いの中にあり、寒い冬のようであります。日蓮聖人は「法華経を信ずる人は冬の如し。冬は必ず春となる。いまだ昔より聞かず、見ず、冬の秋と返れる事を」と述べられております。
私どもは多くの人に対し、親愛と苦しみを共に感じる慈悲の心を持って、お題目を唱え、コロナウイルスの終息である安穏な春を待ちましょう。
(青森県布教師会長・工藤裕雅)
コロナ禍を生きる
仏教には慈悲という言葉があります。この慈悲の「慈」とはすべての人びとに対する親愛の精神、「悲」とは多くの人の苦しみを共に感じ、その苦しみ癒やすことであります。
今、世に中はコロナウイルス禍の真っ只中にあり、このいつ終わるとも知れないコロナウイルスに、体だけではなく、心までもむしばまれ、多くの人に対し、誹謗中傷が横行する毎日が続いております。
草木が芽吹き、春の足音が聞こえてきました。ですが、私どもの心は迷いの中にあり、寒い冬のようであります。日蓮聖人は「法華経を信ずる人は冬の如し。冬は必ず春となる。いまだ昔より聞かず、見ず、冬の秋と返れる事を」と述べられております。
私どもは多くの人に対し、親愛と苦しみを共に感じる慈悲の心を持って、お題目を唱え、コロナウイルスの終息である安穏な春を待ちましょう。
(青森県布教師会長・工藤裕雅)