2021年3月20日
■疱瘡神
私のお寺には江戸時代後期作の「疱瘡神」という変わった神さまが祀られている。茶人帽をかぶり羽織を着た高さ1尺ほどの彩色・木彫の素朴な男性の座像だ▼疱瘡とは天然痘のこと。種痘のない時代、天然痘はとても怖い感染症。一旦流行すると、一家どころか一村が全滅することもあったという。その恐ろしい疱瘡を「神」として祀り崇めることで、災いから逃れようと擬神化したのが「疱瘡神」だ▼種痘が開発され、現在、天然痘は地上からなくなったという。医学の勝利だ。しかしそんな私たちをあざ笑うかのように、昨年来、世界中に広がり、多くの人命を奪い、今も収束の様子の見えない新型コロナウイルス。有効なワクチンや治療薬の1日も早い開発が待たれる。同時にウイルスは人から人に感染する。だから感染を止めるには、できるだけ人との接触を避けることだ▼疱瘡神に祈った古人を、私たちは愚かな人間と軽蔑する。たしかに「祈り」で病気は治らない。しかし「祈る」ことによって人は不安や苛立ちを抑え、落ち着きや心の平安、そして生きる勇気が得られるのでは▼今大事なのは、感染を抑え、ワクチンや治療薬の開発を「待つ」ことだ。豊かさや便利さのために「祈り」を忘れた私たち。今こそ「祈り」の力を取り戻さなくては。すでに役目を終えた「疱瘡神」に、この苦境を救うためのもう一働きをお願いした。(義)