論説

2020年12月20日号

コロナ元年のおわりに

 この令和2年はまさしくコロナに振り回された1年でした。まだまだ先の見通しが立たないことが更なる不安を煽っています。だからといって自粛してばかりはいられません。地元での感染者が出ていないことをいいことに、私の寺では例年通り、粛々と活動してきました。結果良しとはいえ、幸いにしてコロナ禍の被害は受けておりません。よって、来年のコロナ2年度も変わらず伝道教化に勤しんでいこうと思っています。時間が取れたコロナ元年に学べたことは、深い洞察力と正しい視点を持って、歴史や過去を見直し、信仰の糧の栄養価を高めていくべきだと考えたことです。
 今年は、日本書紀が編纂されて1300年、神話に託された日本の歴史や宗教史を考察するために、先月24日、出雲の「神在月神事」を参観しました。大社側の参拝自粛の呼びかけにも関わらず、多数の参拝客で賑わっていました。旧暦の10月10日の夜、全国から八百万の神々が集まられる神事です。出雲神話に秘められた大和朝廷の成立と仏教伝来の由来とを再学習できました。
 日蓮聖人の龍ノ口法難、佐渡流罪から750年、由緒寺院への団体参拝を昨年から計画し、5月実施予定でしたが、10月に延期し、東京、鎌倉を避けて、佐渡、身延参拝を決行しました。17人の小人数での旅行になりましたが、行く先々での歓待は有難く、とくに身延山の輪番奉仕では、法主猊下をはじめ皆さまのおもてなしに一同大感激しました。「コロナのおかげでこんないい参拝ができた」と少々不謹慎な声もありましたが、行動することで得ることができる喜びを知ることになりました。
 先月25日は文豪三島由紀夫と楯の会のメンバーが市ヶ谷の自衛隊駐屯地へ乱入し、自決した事件から50年でした。青臭い同世代の若者と同様に反体制、反権力で粋がっていた自分を恥ずかしく思い出します。体制側の三島の壮絶な死に驚愕し、心情的な共感も抱きました。東大全共闘や自衛隊、戦後日本人の偽善に満ちた生き方に幻滅し、将来の日本に警鐘を鳴らした三島の「憂国の情」は青年期の脳裏に刻み込まれたのです。しかし、50年の歳月は瞬く間であり、自身の無為な人生を含めて、三島のいう自衛隊や憲法に何の変革もなく、私たちの行く末は文字通り憂国に満ちています。日蓮聖人の「立正安国」の意志を継ぐためにはこのままでいいわけがありません。
 先月17日は雲仙普賢岳が200年ぶりに噴煙を上げてから30年目でした。200年前は「島原大変、肥後迷惑」といわれ、1万5千の人命が奪われました。その歴史を受け、当時はマスコミが押しかけ大騒ぎになり、世間は能天気に噴火景気に沸いていました。そんな中、警察は200年前の大災害を想定して、遺体収容数の調査など着々と準備を進めていました。そして、半年後に大火砕流が襲ったのです。当寺は遺体検視、安置所に指定されました。派遣された市役所の職員は右往左往するばかりで役に立たず、反面、警察、自衛隊の規律ある支援活動には頭が下がりました。かねてからの想定や訓練、準備がいかに大切であるかを切実に知らされたのです。存続の危機に晒されている寺院や宗教界は将来の想定ができているのか、継承するための人材を育てているのか、正念場に立たされているのです。
 コロナ2年は日蓮聖人生誕800年に当たります。その報恩のためにも、私たちは過去と歴史に学び、国家社会に対する宗教家としての自覚とそれを実践できる人を育成し、その人材を残すことに尽力すべきでしょう。(論説委員・岩永泰賢)

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2020年12月10日号

アメリカ大統領就任式に思う

 大激戦のアメリカ大統領選挙が終わり、次期第46代大統領候補にジョー・バイデン氏が選ばれ、明年の1月20日に就任式が催されるという。
 この就任式では、必ず大統領が連邦最高裁判所長官の前で右手を挙げ、左手を聖書に置き宣誓する。そして、結びに「So help me God(神よ ご照覧あれ!)」と発する。その後に大統領の演説がある。
 昭和36年(1961)1月20日、ジョン・F・ケネディ第35代大統領の就任式が行われた。ケネディ大統領の名言、「貴方の国が貴方のために何ができるかを問わないで欲しい。貴方が貴方の国のために何ができるかを問うて欲しい」という言葉で締めくくった。その冒頭には「荘厳な誓いの言葉を、皆さんと全能の神の前で誓った」と述べている。
 私は平成13年9月11日同時多発テロが起きる2年前の9月、アメリカのニューヨークとオハイオ州を渡邉宝陽元立正大学長とともに訪れた。アメリカの宗教事情を調べるのが目的であった。コロンビア大学でバーバラ・ルーシュ博士と会い、英国聖公会の著名な神父とも言葉を交わすことができた。
 そこで、私は質問した。『何故、大統領就任式で聖書に手を置かなければならないのか』と。『そうしないと国民が納得しない』という回答であった。私はまた尋ねた。『それでは大統領が仏教徒であったらどうなのか』と。『その可能性はほとんどないと思うが、多分、仏典に手を置くのではないか』と返された。
 もちろん、アメリカでも政教分離であるが、大統領の就任式に拘らず、地方自治の首長の就任式にはさまざまな宗教者代表が招かれるという。
 平成21年(2009)1月20日、有色人種として初めて第44代となったバラク・オバマ大統領は就任演説で、世界の宗教事情に触れた。キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教の名は挙がったが、仏教という名称は出てこなかった。
 第45代ドナルド・トランプ大統領が誕生するにはキリスト教、殊にプロテスタント福音派の強力な支援があったという。
 アメリカしかり、ヨーロッパに目を向けても、英国国会議事堂の後ろに聳え立つのは、英国聖公会ウェストミンスター寺院、あのダイアナ妃の葬儀が行われた場でもある。謂わば、国会の守護神ともいうべき存在であろうか。ドイツにおいても、今のアンゲラ・メルケル首相の支持政党はキリスト教民主同盟である。そして、登録した国民から所得税の8%から9%の教会税を徴収し、その財力が教会活動の原動力になっているという。
欧米では、キリスト教が政治、経済、学問、文化、教育、医学などとあらゆる分野で大きな影響を与えている。それだけ人々とキリスト教の間が近いということであろう。
 平成21年10月26日、『立正安国論』奏進750年に当り、京都本山立本寺で「いのちのシンポジウム 二一世紀の仏教―危機と挑戦―」が催された。基調講演されたハーバード大学世界宗教センター所長故ドナルド・スェアラー博士は、私はキリスト教の神学者であり信仰者であるが、と前置きし、仏教は高邁で深遠な教理を有している。具体的ではないが法華経第二八章には「少欲知足」が説かれ、それを実践し先導するのが僧侶でなければならない、と訴えた。
 かつての日本仏教は、人びと、民衆に寄り添い近かった。今は社会から隔絶した状態にあるといえる。日本の社会にその存在感を示す具体的な方策を今こそ示さなければならない。
(論説委員・浜島典彦)

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2020年12月1日号

利休「七則」にみる新しい生活様式

 コロナ禍でソーシャルディスタンス(社会距離拡大)が叫ばれている。この言葉は人間関係を社会的に断絶する意味でも解釈できることから「フィジカルディスタンス」(身体的距離確保)が提示された(世界保健機構)。確かに「物理的距離」は確保しても人間的繋がりの距離は縮めたいものだ。茶道を大成した千利休の「七則」に、新しい生活様式のヒントを見たい。
 第1は「茶は服のよきように点て」。「服」とは「飲む」の意味、つまり美味しくお茶を点てること。掃除やお道具の用意はもちろんお客さまの動きにお点前の速度を調整したり、体調によりお抹茶の量やお湯の量、熱さを加減する。基本は相手の状態を気遣い「心から」のおもてなしだ。
 第2は「炭は湯のわくように置く」。炭は良く洗い乾燥させると煙が少なく赤々と燃える。お茶席では食べるものだけでなく炭火の色もご馳走だ。炉では湿し灰を撒き、蒸気で炉中の空気を対流させ火加減を調整する。湿し灰は炉に備え夏の土用に作る。何事も道理にかなった所作と事前準備が大事。
 第3は「夏は涼しく冬は暖かに」。寒い季節は大きい蓋の釜を使い、立ち上がる湯気で暖さを感じ、お茶が冷めないように細長い筒茶碗を用いる。夏は平らな茶碗を用い、障子を簀戸に、床には「瀧」一文字の軸を荘り涼しさを表現する。四季折々のもてなしに先人の智恵が香る。季節の移ろいや環境の変化に柔軟に対応することを教える。
 第4は「花は野にあるように」。花を生けるときは余分な花や枝葉を切り落し、清楚な美しさで自然の風景を表現する。一輪の花に「いのち」が凝縮されている。花のいのちを尊ぶ心が、全てのいのちを尊ぶ心を育む。いのちが軽薄に扱われる昨今、無心に咲く花から「いのちの尊さ」を感じたい。
 第5は「刻限は早めに」。亭主は早めに準備することで丁寧なもてなしが、お客さまは早めに行くことで亭主の細やかな設えに気づく。心に余裕ができると、主客共に心が通いあう。ビジネス界では約束時間を守らないとチャンスを逃すだろう。「あなたの最大の資源は時間だ」(ブライアン・トレーシー)。時間を大切にすることが信頼を結ぶ基本となる。
 第6は「降らずとも雨の用意」。ある冬の日、利休の長男道安が利休達を招いてお茶会をした。前日、道安宅を訪れた利休、スキを見て準備してあった炉の灰をまき散らし炉壇を欠けて帰った。気づいた道安は片付けておいた風炉で茶会を迎えた。当日、客の一人が「炉の季節に風炉とは…」と尋ねると、利休は「風炉はもともと四季を問わないもの。さすが今日の亭主は茶の道を心得た人。去年使った炉より、新しい風炉で新春の趣向をした」と道安の判断を讃えた。日々変化する日常生活、何事にも臨機応変に対処する準備と心構えを教えている。
 第7は「相客に心せよ」。お茶席では、正客や次客、末客などの席がある。正客は茶会の趣旨や道具の趣向を亭主と会話する。末客は拝見したお道具を点前座に返す。参加した客同士はもちろん平等の立場。同席できたことを互いに喜び、亭主のもてなしに感謝し合うことにより一座建立の茶会が整う。日常生活においては人との出会いを一生に一度「一期一会」の出会いと受け止めお互いを大切にしよう。「温故知新」(故きを温ずねて新しきを知る)先人の智恵を生かした生活様式考えよう。
(論説委員 奥田正叡)

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新年のご挨拶。

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