論説

2020年6月20日号

決断の指標は「生命の尊重」

 今年の1、2月頃より新型コロナウイルスの感染症が報道され、今日までのささやかな体験によって、従来の感染症とは異なる病気であることを知りました。たしかに、私たちはインフルエンザやノロウイルスの感染症については、日々の手洗いや、身の回りの清潔感が保たれることによって、ある程度は予防できることを学習してきたように思われます。
 長く大学に籍を置いた私は、教員の義務として、毎年健康診断を受け、とくに感染性の強い結核菌蔓延予防のためのレントゲン検診が重要な意味をもつことを経験してきました。
 けれども、第二次世界大戦後の生まれで、日本国内の生活しか経験のない私にとって、今回のコロナウイルスに対する予防をどのようにすべきか、テレビやラジオなどによる報道に注目しても、容易に理解できないというのが、現実でありました。
 ところで、今日も短期大学という教育機関に関わりをもっている私にとって、3月の卒業式という式典は、学生の皆さんだけでなく、保護者にとっても、晴れの式典でありました。さらに、2年間という短期間とはいえ、入学以来、クラス担当、ゼミナール担当という制度のもと、学生たちに微細なまでにゆきとどいた教育に当たられている先生方にとって、晴れの式典は、教育者としての自己完結の儀式としての意味をもっていることがうかがえたのです。
 しかし、今回蔓延しているウイルスは、人と人との直接的関係性をもつことによって、感染が拡大化するというものであります。
 私たちが集合する聖なる空間は、外部の日常性を遮断するために荘厳化され、機密性が保たれています。そのために開放的な側面よりも、閉鎖的な側面をもっていることが知られます。つまり、寺院の本堂や学校の講堂などは、密閉空間ということに意味をもつのです。
 すなわち、その空間に御本尊が安置されている聖なる場であったとしても、密閉された空間であり、多くの人びとを招き入れて儀式を執行することに意味を有しているのです。
 そして、1年に1度の卒業式という式典は、学校にとっての名誉ある来賓をお迎えし、卒業生、在校生、そしてご父母、教職員が一堂に会する密集を意味しています。
 さらに、晴れの儀式は、全身で喜びを表現し、手をとり、抱き合ってその歓喜を表現する場にほかなりません。
 これまで、晴れの儀式に参加してきた私にとって、一生に1度しかない卒業式という式典を、挙行すべきか、否かの決断がせまられたのです。凡人の私にとって、あまりにも、その荷が重いことを感じたのです。
 しかし、その決断の指標となったのが、大学の建学の精神である「生命の尊重」でありました。さらに日蓮聖人がお示し下さっている、私たちの生命は、三千大千世界の重宝にもすぐれていることでありました。
 1つの決断に対して、いくつもの意見が想起されます。その中にあって、責任ある人の不可欠な態度は、いかなる批判にも耐える精神であり、自己の生命に替えても守るべきものがあることの尊さを認識することである、ということを知ったのです。
 鎌倉時代の日蓮聖人が飢饉や疫病の国難、さらに外国から攻められるという危機の時代にどのように生命をまっとうされたのかを考えるとき、凡人としての自己の生き方に大灯明があることをあらためて知ることができたのです。
(論説委員・北川前肇)

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2020年6月10日号

「三密を避けないで」―成仏への道―

 私たちが身近に感じていた芸能人が、新型コロナウイルスで亡くなったニュースは衝撃的であった。荼毘に付された遺骨は、感染を避けるために接触しないようにと玄関先に置かれ、まるで宅配の荷物のように受け取るしかない憔悴した遺族の姿。今、世界中が直面している新型コロナウイルスは、「あたりまえ」であった今までの様式のみならず、社会の在り方という概念さえも大きく変えようとしている。
 感染予防のためには「3密を避け、人との接触を8割減らす」と言い、全国に緊急事態宣言が出され、自粛が一層強いられた。3密とは、密閉、密着、密接の3つの密だ。安倍晋三首相や小池百合子東京都知事が会見の際に「感染拡大を予防する新しい生活様式の在り方」の中で、感染回避の方法として使われた新たな造語である。しかし、3密とはもともと仏教の中で示された言葉であることは、あまり知られていない。仏教でいう三密とは、身(身体的行為)、口(言語表現)、意(心におもう働きや作用)の三業が、仏の教えと合致して成仏されることを言う。新型コロナウイルスで用いる「3密」のために、成仏への道「三密」をないがしろにはしないでほしいと思う。
 ところで、乳幼児教育にも携わっている立場から言うと、未来を担っていく子どもたちには、希望へと繋がる環境の中で育ってほしいと強く願っている。幼稚園は、4月の緊急事態宣言以来、ご家族に登園の自粛をお願いし、出できるだけ家庭で保育をしていただくように促した。しかし、6月の再開をめどに子どもたちが園へ帰ってくるが、保育界では課題が山積している。その1つに、子どもたちの心身ともに健やかな発達には、「ふれあい」という人と人の心と身体の密着が、とても重要だと説いてきたことがある。
 人は「ふれあう」ことによって悲しみや痛みを癒し、不安を安心に変え、喜びを共有することができる。「ふれあい」は、人として大切なコミュニケーションツールである。この経験の積み重ねは、人間が生涯にわたって、豊かな社会性を持った人格を形成する基礎をつくるものとして、保育の現場で意識的に「ふれあい」を取り入れ、親にもその大切さを積極的に啓発してきた。しかし、感染防止のために人との間隔は2メートル空けて接触を避け、食事の時は対面でなく横並びで座る。日常的にマスクをして会話するという新しい生活様式を現状では仕方がないと割り切れないものを感じている。
 それならば今、私たちができる三業と三密はないかと考えた。「身」1・家に閉じこもっていても身なりを整え、規則正しい生活をしよう。2・呼吸を整え体の緊張をほぐし、丁寧にボディーチェックしよう。3・できるだけ笑顔でいよう。「口」1・人に関心を持ち、「ありがとう」という言葉をたくさん使おう。2・自分の思いを言葉に出して言ってみよう。3・自分からポジティブなコミュニケーションを発信しよう。「意」1・自分の心が揺らいだり、こだわったりするのはなぜか? 心を整理して見つめてみよう。2・未来に希望のあるイメージを描こう。3・自分と自分以外に大切な人を心に描こう。4・日本だけでない世界が平和になることを祈ろう。
 新型コロナウイルスとの闘いは始まったばかり。長い共存の時代となるだろう。それを乗り越えるためにも、この三業修行を実践してみてほしいと思う。それは仏に到る道でもあるのだから…。 
(論説委員・早﨑淳晃)

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2020年6月1日号

知らない物を欲しいとは思わない

 タイの首都バンコク中心街にサイアム・ヘリテイジという古いホテルがある。
 毎週月曜日の夕刻、そのホテル前の歩道上に多くの人たちが集まってくる。彼らが普段どんな生活をしているかが一目で理解できるのは、バンコクの明るい雰囲気に溶け込めないほど薄汚れた地味な服装と極度に日焼けした様子からだ。
 このホテルのオーナーが私財を投じて貧しい人たちに食事を提供しているのだ。週に1回とはいえ、白米にカレーやおかずとお茶が入ったビニール袋を、列を作って受け取ってゆく人たちには感謝と安堵の表情が滲んでいる。
 ある日、いつものように食事を配る様子を眺めていると、2台の白バイに乗った警察官が通りかかり、歩道に集まっていた人びとに注意を促し始めた。
 そこへオーナーが現れて趣旨を説明すると、警官はホテル側に移動し、制服のまま食事を配る手伝いを始めたのだった。ほのぼのとする場面だった。
 食事は200人分の用意があるが、最後尾付近にいて受け取れなかった人たちが、素直に帰っていったのも爽やかだった。
 さて、同じ東南アジアでも、経済状態が遥かに悪いラオスではこのような話を聞かない。
 最近でこそ中国資本による近代化も進んでいるが、ラオスでは皆が貧しい時代が長く続いた。今も農村では米だけで食事を済ませている。水が豊かな国だから米には不自由しない。唐辛子を潰してナムプラーでもかければ立派な食事だ。それ以上のものを求めることはない。
 もちろん、こんな食事が身体にいいはずはないが、そうして生きてた人たちに、もっと栄養価の高い食材を紹介したところで、元より、知らない物を欲しいという気持ちもない。ここに「貧しい国なりの幸せ」がある。
 これが、曾野綾子女史の「何も知らせない国際協力」という発言の意味である。世界はグローバル化などしていないし、する必要もない。諸外国、特に発展途上国を、観光や商売に都合がいいとしか考えない人たちの価値観で振り回すのは良くない。女史はまた、南アフリカの諸問題について、黒人と白人の居住区を分けた方がいいと発言されて議論を呼んだが、小生は賛成だ。絶対的な貧困状態にある人たちにとって、富裕層の人たちと「共に」暮らすことなど耐えられない
 世界中を巻き込んだコロナウイルスがまだ猛威を振るっているが、主催するNGOが建設した学校のひとつがあるラオスの貧村に問い合わせてみると、5月13日の時点で、付近の村々を含め、ウイルスの感染も発症もゼロだという。人びとの生活は今まで通りごく平和だそうだ。
 その村は、タイとの国境に近いが外国人の誰も興味をいだかない。ホテルもゲストハウスもない。それが、全世界的なパンデミックから人びとを守っているのだ。羨ましいほどの幸せな生活だ。
 経済も大切だが、元通りの生活に戻る必要があるだろうか。それより、これを契機に豊かな心を育てよう。
(論説委員・伊藤佳通)

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新年のご挨拶。

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