鬼面仏心
2019年11月1日号
夜通し
「『葬儀は田舎の住職に頼め。話は付けてある』と父の遺言がありました。来ていただけますか?」と遺族から連絡があり葬儀に上京した▼法事の席で個人と交わした会話を思い出した。「30年前、田舎の両親が相次いで死んだ時、親戚や近所の人間関係が面倒くさくて、地元で葬儀をせずに、後から苦情が随分来てね…。それでも生きている人間の都合優先だと居直っていたよ。法事の時、あんたが『合理性を追求して、儀式を軽視する傾向が最近ある。人生に節目は必要だ』と言ったよね。ドキッとしたよ。老いてわかることもある。ワシも年をとった。遺言を書く。葬儀はあんたに頼め」と。▼「宿が取れず、通夜後は葬儀場に泊まって、明けて葬儀をしてもらえますか?」。「いいですよ」。通夜の後、遺族は家に戻り、私は1人で斎場に泊まることになった。斎場の従業員も帰宅し、たった1人で遺体と向き合った。上京し、会社を興して成功したが、跡取り息子に先立たれた故人の人生を思った。「私は文字通り『通夜』を勤めるために呼ばれたのだ」と思った▼「ご飯が炊きあがりました」炊飯器の声で仮眠から目覚めた。ご飯を盛り、セットされた味噌椀に湯を注ぎ、遺体の前に供え朝の勤行をした。渦巻き線香とカップローソクはまだ燃え続けている。私は思わず「合理性って一体何だ…」と呟いた。(雅)