オピニオン

2018年10月1日

臨床宗教師

檀家であるT家の奥さんから電話があった。ご主人がガンに罹り、しばらく入院していたが自宅に帰ってきたとのことだ。ご本人が会いたがっていると仰る。
20歳の時に末寺の住職を務めてから50年になるが、末期ガンの方から会いに来て欲しいと言われたのは過去にも数回しかない。
もちろん快諾してご自宅に向かった。大工であるご自身が自ら建てたというお気に入りの部屋で静かに休んでおられたのだが、小生の顔を見て心から喜んで下さったのがよく分かった。
枕元に座らせていただくと「伊藤さん。よく来てくれたね」と手を出してこられた。臨終間際のTさんは、親しい友人としてどうしても会いたいと声をかけてくれたのだ。
Tさんご夫妻は、寺で開催する法話の会の熱心な会員だった。毎月必ずご夫婦揃って出席され、その後の懇親会にも欠かさず出てこられた。いうならば小生とは飲み仲間とでもいう間柄になっていたのだった。
病院から帰ってきたのは快復してのことではなかった。それはご自身もよく理解しておられる様子だった。臨終が間近に迫っている方に、病気を治して元気に、などとは言えない。「早く生まれ変わって一緒に酒が飲めると良いね。その前に僕もそちらにいくからそこで飲むのも良いかな」と笑いを誘うと、にっこり笑って「そうだね」と頷かれた。
死は、生の後に誰にでも訪れる。死そのものはけっして不幸なことではない。不幸な死があるとすれば、社会の一員としての自覚のないまま死を迎えたときだ。それを実践されたから、Tさんは穏やかにしておられたのだと、四十九日忌を迎えて思った。
同じ頃、東北タイの大学病院で我々のプロジェクトの責任者として働いていたタイ人看護師のSさんがやはりガンに冒された。まだ50歳になったばかりだ。末期だという。さっそく現地に出かけたのだったが、そこには親族だけでなく、多くの仲間たちや元学長、病院長までもが集まっていた。
信じられないだろうが、その夜、彼女の心の安穏を願うパーティが開催され、彼女に勇気を与えようと全員で歌まで歌ったのだ。
儒教の影響が少ない彼らは、悲しみは口にしても、だれにも必ず来る死を不幸だとは思っていない。貧しいことで有名な東北タイの農村で続けられたガンの早期発見プロジェクトで、先頭に立って活躍していた彼女の人生には、ひとつの後悔もない。不幸な死を迎えるはずがないことを誰もが知っていた。
最近、臨床宗教師という資格が、決められた単位を修得した宗教者に与えられるようになった。末期患者に寄り添い、話を聞き、安心(あんじん)を与えてさし上げるという大切な仕事をする。近い将来には衣を纏った僧侶たちが病院にあふれるようになるだろう。
遅ればせながら、仏教本来の活動が始まるのだ。その日を待っているのは小生だけではないだろう。臨終に檀那寺の僧侶を呼ぶ事ができるのは、生きている人に法を説く本当の仏教の姿を理解しておられるからだ。
葬儀もまた大切な儀式だが、そこに至る生き様の部分で僧侶にできることは多い。それを実践しての臨床宗教師であろう。宗門内でも臨床宗教師への関心が高まることを望む。
(論説委員・伊藤佳通)

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