ひとくち説法
2018年5月20日号
因果応報
仏教の根本理念は〝因果応報〟であります。いわゆる善行を積めばよい結果が、悪行を積めば悪い結果、つまり人間は生きている時の行いが、すべての原因となります。
冥途には閻魔大王を始めとして10人の王がおり、死後の人びとを裁きます。十王の本地仏は菩薩ですが、裁判中は柔和な姿を隠して憤怒の身を現し、衆生が娑婆の縁続きで冥途に赴く時、中有の間、闇い道に座を占めて、初七日忌から七七忌、百ヵ日忌、一周忌、三回忌に到るまで、次々と亡者を受け取り、その罪業を考査し未来に生まれる処を定めます。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人界・天上界と、どれか1つの道に裁決が下されます。常に争いごとを好む人は阿修羅地獄に、頭は人、胴体は畜生、水を飲む・食事をすると炎となる餓鬼に。このような意味から49日忌法要が大切なのです。死後の世界、現在生きている我々の心の現れです。
(滋賀県布教師会長・福山賢修)
2018年5月10日号
仏教を実践しよう
家内から物置の整理を請け負ってからどれくらいの期間がたっただろうか。「やろう、やろう」と頭で分かっていても、行動にならぬのが正直なところである。
片付かぬ物置の中を眺めながら、「よく使う机は手前にして、長年使わない茶碗は処分しよう」と整理の手順やうん蓄を語ってみるが、家内から「何時するの」と言われ、何も言えずにいた。
仏さまからの良い教えも、実行するまでにいかないのが常ではないか。仏教も実践が伴わなければ意味がない。仏さまもあきれているのではないか。片付かぬ物置同然、宝の持ち腐れになろう。まずは行動である。
最近、物置の整理を始めることにしたのである。小さな1つの行動からでも、大きな善行に繋がる。しかし、自分勝手な思い込みにならないように、法華経に照らし合わせて合掌しお題目を唱える。さあ、始めてみよう。
(大阪府豊能布教師会長・服部玄朗)
2018年5月1日号
智慧のある欲を
「世の中は、一つ叶えば、また二つ、三つ四つ五つ、むつかしの世や」。1つの願望が叶えば2つ目が欲しくなる。2つ目が叶えば3つ4つ5つ目がと、次々に欲しくなる。ああこの世はむつかしいものであるという道歌です。
まったく人間の欲望にはきりがありません。欲が欲を呼び、限りなく大きくなる。欲で身を滅ぼす人はたくさんいます。地球の環境破壊も、人間の見さかいない欲望の結果でしょう。だから欲望を全て捨ててしまえとは言いません。欲がなければ人間は生きられないし、文明の進歩もなくなってしまいます。仏教では決して欲望を否定しておらず、智慧のある欲の使い方をする「少欲知足」と言って、ほどほどの欲で足りることを知れと説きます。しかし、どの程度が「ほどほど」なのか。それを知るのが「智慧」です。「知識」ではありません。その「智慧」は神仏の慈悲に感謝して、謙虚に手を合わす日々の信仰から生まれます。
(大阪府三島布教師会長・掛下史峰)