2018年5月1日
真味を求めて
「名物に美味いものなし」とはよくいいますが、本当にそうでしょうか。長崎名物といえば誰もが「カステラ」「チャンポン」と答えます。確かに美味しいです。しかし、地元のドライブインなどで食べるチャンポンやお土産品のカステラは正直言っていまいちです。でも、修学旅行やツアーなどではほとんどの人がそれを買い求めます。このカステラを「長崎土産です」と配られたら、老舗のカステラ職人さんは「ちょっと違いますけど」といいたくなるでしょう。コストの問題だと割り切るには少しつらいものがあるようです。老舗では永年の開発と工夫、その伝承と宣伝など、並々ならぬ努力を続けてきたのですから。
今、日本人の価値観が本物より安価で手軽なものへと移行しているいい例でしょう。昔の職人さんのワザモノはほぼ絶滅しつつあります。同時に込められた技や魂も失われてきました。日常生活はいうまでもなく、宗教界でも大事な伝統や習慣が捨てられてきました。それに私たちも手を貸しているのです。世間の法に染まり、法華経や日蓮聖人の教えの真味を伝えることに手抜きしているとしか思えません。また、世間もそれを許しているのが問題なのです。似非カステラやチャンポンと同じ次元にあるのかもしれません。
私たちが子どもの頃は、「食べ物は残さず食べる」が当たり前でした。でも今は、「食べたくないなら無理して食べるな」、「嫌いなものは残してもいい」。子ども1人ひとりの個性を大事にして、「みんな違いがあって、それで良い」がいつの間にか共通認識になり、反面それに応じるように、食べ物は画一化され真味を失いました。確かに個性や違いは必要でしょう。しかし、それを良しとして思考停止してしまい、個々の考えを伸ばすことを忘れているのです。あくまで私たちの社会は互助の集合体であり、その中で常に自助の努力を怠らず生きてゆくものです。そのためにも歴史や世界の真実を学び、真に美味しいものを求めなければなりません。名物や宣伝に煽られたり、俗耳に心地良いきれいなことばにだまされてはいけないのです。
総務省の人口推計によると、75歳以上の人口が数年で2千万人を超え、少子化も進み、5人に1人は高齢者になってしまうとのことです。今のような教育や政治では互助の社会生活は成り立たなくなることは疑いありません。家庭や学校や地域の連携が役立ちそうにない今こそがお寺の出番なのです。それを踏まえて拙寺では本物の伝統芸能を無料で一般公開しています。田舎ではめったに鑑賞できないプロによる能、狂言、人形浄瑠璃、神楽、邦楽など、すべてが本物です。私自身がその芸能のすごさに感動しているのです。同時に同様の伝統教団である我々の教化伝道の脆弱さにため息をつくばかりです。本物を伝えようとするエネルギーをしっかり吸引しなければならないときがきたようです。
アメリカ大リーグで、大活躍をしている大谷翔平選手は日本中に勇気を与えてくれます。今日までの大谷選手の測り知れない努力や工夫、周囲の理解や協力、すべてが本物でしょう。だからこそ真味が発揮されているのでしょうから。ひとつひとつをしっかり吸収し、味わっていければ真味を知ることができるでしょう。土に留まる真味を、大地に這いつくばってでも求め、大地を元に何度でも蘇り、地涌の菩薩としての自覚を持って、自身の成長を遂げ、次世代の人々にその味を伝えていきたいものです。少し割高でも本当に美味しい長崎カステラをお求め下さい。
(論説委員・岩永泰賢)