2017年5月20日
「オートファジー」と自浄作用
昨年、大隅良典教授の「オートファジー」に関する研究がノーベル医学生理学賞に選ばれた。オートファジーというのは、細胞が持っている、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの1つで、細胞内で異常なタンパク質の蓄積を防いだり、タンパク質が過剰になった時や栄養環境が悪化した時にタンパク質のリサイクルを行ったり、細胞内に侵入した病原微生物を排除することで生体の恒常性維持に関与している。
最近注目されている、無駄なものの排除や有益な資源のリサイクルの本家本元の機能を、1個1個の細胞がもともとの機能として持っていることを知って、驚かされる。
必要のないものをいつまでも後生大事に持っていても、負担が重くなるだけである。例えば、家を建てる時には外周に足場を組み立てて目的の建物を作り上げるが、建物ができてしまえば足場は解体する。家を建てるのに大変お世話になった大事なものだからと言って足場をそのままにしておくことはない。そんなことは誰もしないと笑うかもしれないが、似たようなことを私たちは日常よくやっている。ここにオートファジーが必要なのである。
また、用件が済んだからと言って必要のなくなったものをどんどん捨ててしまっては、ごみが際限なく増えてその処理に困ることになる。可能な限りリサイクルすることが生活環境を快適に守るために必要である。ここにもオートファジーが必要になってくる。
私たちは、時々大きな勇気をもって、無駄なものを捨てる必要がある。一度捨てて身ぎれいになったところで、必要なものをリサイクルするのである。
一方、生物学者の福岡伸一氏は「組織の硬直化や衰退、人口減少や過疎化による地方都市の不活性化やインフラの劣化は、すべてエントロピー増大の危機といえる」と述べている。エントロピーとは「乱雑さの尺度」で、「エントロピー増大の法則」とは、「世界は常にエントロピーが増大する方向に、すわなち『秩序から無秩序へ』という方向に進む」というものである。自然も社会も、秩序化への努力を怠ると、必ず無秩序化し混乱するというのがこの法則である。
人間の体は、細胞の中にたまる無秩序化の要素(エントロピー)を常に外部に捨て続けることによって(エントロピーを減少させることによって)恒常性が維持される。つまり、新しいものを取り込むと同時に、古くなったもの、無駄なもの、害になるものを体内に貯めこまず、常に排出し、またはリサイクルすることが、健全な体を維持するために必要な条件なのである。ここで、先のオートファジーとエントロピーを減少させることとが結びつくことになる。
同じことは、体の健康を保つことだけではなく、社会にも、国にも、国際社会にも当てはまる。本当に大切なものを変わらずに健全に保ちつづけるためには、常に不要なものを排出し変わりつづけなければならないという、極めて逆説的なことを示唆している。逆説的ではあるが、よく考えてみれば首肯せざるを得ない真実である。
ところが、不要なもの、無駄なものを捨てることはなかなか難しく、そのためには大きな勇気とタイミングが必要である。
お題目受持という肝心かなめの中心は堅固に保ちながら、移り行く社会情勢には臨機応変に対応してこだわらないという姿勢を維持するためには、オートファジーによるエントロピー減少を追求する基本姿勢が求められる。
(論説委員・柴田寛彦)