論説

2017年4月20日号

立教開宗会と立正安国・お題目結縁運動

■立教開宗会
日蓮聖人は建長5年4月28日、清澄山頂に立たれて、太平洋から昇る太陽に向かって、お題目を始唱されて、天下に立教開宗を宣言された。今年は765年目の立教開宗を迎える。上行菩薩の御使の自覚を持って、この娑婆世界を平和な仏国土と化していこうというご本仏の悲願を実現していくために立たれたのが日蓮聖人である。
日月が世の中を明るく照らしているように、南無妙法蓮華経のご本仏の光明で、この人類社会を明るい平和な、安穏な社会にしていこうという大誓願を持って立教開宗された。法華経のご本仏の心そのものを南無妙法蓮華経のお題目に包含し、それを弘める使命に身命を賭すことを決意された。立教開宗に当たって日蓮と自ら名乗られたのも、法華経と1つになって法華経のみ心を体現しようという誓願を表したものである。
この日蓮聖人の立教開宗会は聖人のご降誕の意義に還るものであり、ご降誕八百年を前にして、この立教開宗会を私たちは改めて心の深いところで受け止めていきたいものである。
■日本の仏法
日本の時代が到来するだろうと言われてきている。世界中から、いろいろな面で日本の良さが見直されている。美しい自然の中で実る豊かな恵み、キレイな水、安心・安全の食文化などに世界の人びとが注目するようになっている。それに長い歴史に育まれた文化、東西文化を融合した生活環境、更にそれらを支える精神や倫理などは、外国の人びとが目を見張るものがあろう。またノーベル賞受賞者も多くなってきて、日本の教育、技術の水準も向上していることを物語っている。
日本を訪れる観光客も年々増加し続けていて、日本の人気は高い。これらの自然、文化、教育、経済、産業などの状況から見ても日本の時代へと進んでいっているのではないかと思われる。これは戦後72年、平和日本の建設を目指して、日本国民が営々と努力してきた結果であろう。更にこの平和を確固たるものにするために、立正安国のお題目・日本の仏法が要請されて然るべきである。日蓮聖人自らが命名した「日本の仏法」、立正安国のお題目の結縁運動を更に盛り上げていくのは今である。
■立正安国・お題目結縁運動
日蓮聖人のご降誕八百年を4年後に迎える。宗門を始め各寺院でもそれぞれ記念事業が計画されたり、実施されたりしている。いろいろな形で宗祖のご降誕が慶祝されることは、本当に尊いことである。私たちはそれぞれの立場で協力していこう。宗門はこのご降誕八百年に向かって、立正安国・お題目結縁運動を展開しているその1番の実施目標は、日z本の仏法・お題目の唱題運動であろう。
日蓮聖人は、法華経のお題目を弘めるために、この日本国にお生まれになり、清澄山で立教開宗なさった。
「(日蓮の)弟子檀那とならん人々は、宿縁ふかしと思うて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」と言われている。
また「法華経を二人、三人、十人、百千万億人、唱え伝うるほどならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるべし」とも言われている。
全国津々浦々に、また世界に、撃鼓唱題の音声が響き渡る大唱題運動が盛り上がっていけば、宗祖はさぞかしお悦びになるであろう。それがご降誕八百年の宗祖への何よりの賜り物である。  (論説委員・●刀貞如)

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2017年4月10日号

子どもが陥りやすいネット依存症

高校・大学の合格発表後、新入生の誰かがネットのコミュニケーションツールで友だちを募ると、何十人もが登録をし、入学式前には友だち関係ができあがるという。ネット社会の今、人びとのコミュニケーションが大きく変化を遂げている。以前は音声と表情、身振りで意思を伝えたが、最近ではスマートフォン(スマホ)の画面を指で撫でたり押すことでコミュニケーションをとるようになった。
山手線の乗客の様子を見ていいると立っている者も、座っている者も、皆一様にうつむき、スマホを操作している。スマホの浸透は、電車の中だけでなく、家庭生活をも大きく変えようとしている。外出時でもスマホで自宅のエアコンのスイッチを入れたり、遠くに住む孫の動画も見られる。1人暮らしのお年寄りのいる家族では、「安否アプリ」を使えば、定時に連絡をとることができ、異常事態のときには家族に緊急メールが送られる。またネットショップで衣類・電気器具・本・食材何でも買えるし、銀行取引・イベントチケットの入手、各種予約、店探し、道案内、調べものなど利便性をあげたらきりがない。しかし、このスマホが大きな問題を惹起しているのである。
最近新聞を読まないで、スマホやタブレットでニュースを読む人が多くなっている。これらの人びとは、ほとんど自分に興味のある、限られた分野の情報だけを見ている。テレビや新聞は、発信するニュースの多様性にその特色がある。自分の知らない、興味のない分野の情報にも目がいくことも多い。ネットの記事では、自分の好みの情報にだけしかアクセスしない傾向になる。ネットのニュースの並ぶ順番は、アクセス数の多い順であるから、人びとの興味をひくショッキングなもの、面白いものが上位にくることになる。そのため芸能やスポーツの情報ばかり見ている人が多く、政治や国際関係、社会正義などの重要問題が隅に追いやられてしまっている。さらにネットの情報には、発信源が不確かなものが紛れ込む可能性がある。そのデマがあっという間に広がって世界を動かす可能性もあり得る。
もっと恐ろしいのは 「NPO法人こどもとメディア」の報告によると、最近日本の子どもの多くは、心身発達不全に陥り始めているということだ。それにはスマホ、テレビなど電子映像メディアが関わっているという。日本小児科学会も、同様の警鐘を鳴らしている。乳幼児でも、1日4時間以上、休日1日8時間以上メディア漬けになっている子どもが、半数に及び、メディアやネット依存症の子どもも増えているという。友だちや家人と接する時間が減り、メディアの世界に没入する。あまり話さなくなり、部屋に閉じこもる。家族といてもスマホを離さない。他人と話すことも避けるようになる。さらに悪化すると、メディア機器を禁止されると激怒するようになる。自由な時間はほとんどメディア機器漬けとなり、そのうち体調不良・睡眠不足などを訴える。疲れやすくなり、体力の低下、感覚の鈍化、手足の震えが起こる。さらには自律神経失調症の症状を示すようになる。
日蓮聖人は、子どもの頃虚空蔵菩薩の前で「日本第一の智者となし給へ」と願われた。そして、受け身でなく、能動的に勉学し続けて、法華経の神髄を掴み、人と対して人を説得する人生態度をとられた。この生き方を、若者は学ばなければいけない。  (論説委員・丸茂湛祥)

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2017年4月1日号

「聴く力」を育もう

最近、若者の「聴く力」が低下しているのではないかとの指摘がある。これはスマホの普及により、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)といわれるツイッターやフェイスブックなどの、いわゆる文字コミュニケーションが主流となり、生の人間関係とは異なるコミュニケーション世界が展開されていることによる危惧である。
はたして、無言で指先を走らせることに集中する姿から生まれる人間関係は、どれほどのリアリティを持つものだろうか。たしかにこれらは現代社会においては非常に便利で有益なものではあるが、そこでは自分勝手な理解や誤解が生じることも多い。それがいじめや自殺、傷害事件、そして社会的混乱へと発展してしまうことも現実に起こっている。もちろん、この文明の利器を否定するものではないが、それに埋没することで、生の人間関係が希薄となり「聴く力」が低下しているとすればゆゆしき問題である。
この「聴く力」とは、ただ単に相手の話を「聞く」ということではない。目の前の相手に向かってしっかりと耳を傾け、そのことばの奥底にある心根を感じられるように、その話を「聴く」ことが重要である。「聴く」の字の旧字である「聽」の字を分解していくと「耳を突出し、真っ直ぐな心でよくきく」という意味から成立していることが理解される。「聴くこと」は相手をよく理解し、人間関係を作っていく時の基本ともいえる。
表面的なことばを少し聞くだけでは、なかなか相手の心の内まではわからないし、誤解も生じやすい。特に私たちは自分の思い込みや先入観を持って相手の話を聴くこともある。これは人生経験豊かな人ほど陥りやすい傾向もあるが、私たちは常に法華経寿量品の「質直にして意柔軟に…」の如く、いつも柔らかい心を持ち続ける必要がある。
もちろん加齢とともに「聴力」の低下は誰にでも起こり、人の話が聞きづらくなるのは当然であるが、心はいつも相手の心へと開いておきたい。あらためて私たちおとなを省みれば、子どもの言い分に対してどれだけ真剣に耳を傾けているだろうか。また、認知症の人の繰り返される話を、どれだけしっかりと受け止めて聴いているだろうか。そして、自分とは異なる意見に対して、どれだけ心を開き、真摯に耳を傾けているだろうか。
これらは、いずれも「聴く力」が必要とされるが、これには現実の人間関係の体験が不可欠といえる。進化し続けるゲーム機器は、多くの子どもや若者を虜にしており、その世界に埋没する者も少なくない。もちろんゲーム機器もスマホもその使い方しだいであり、熱中した者がすべて「依存症」となったり、「聴く力」が低下してしまうわけではない。しかし、人と人が出会い、相互の交流の中で他者を知り、理解しあって社会が構築されていくことを考えると、昼夜の別なくスマホを離さず、黙々と熱中する多くの若者の光景を目の当たりにして、少なからず危惧の念を抱くのである。
自己の主張ばかりが強調される現代社会では、相手の話に耳を傾けることが少なくなりがちであるが、まず相手の声に耳を傾け、それをしっかりと受け止めて、自己の主張を述べることも必要だろう。私たちはあらゆる意見、対立する意見もしっかりと受容しなければならないが、そのためにこそ、若い時からしっかりと人間関係を重ね、「聴く力」を育んでいかねばならない。(論説委員・渡部公容)

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    日蓮宗新聞社編
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