2017年2月20日
山に入って竹を切り取ってくる。ただそれだけ
山に入って竹を切り取ってくる。ただそれだけのことなのだが、翌日に手や足の筋肉に変調を感じる。指の関節や腕の筋肉痛はノコギリを使ったためで、足腰の痛みは、山の中を歩き回ったためのものだろう。日頃の怠惰な生活ぶりが悔やまれるが、やはり歳には勝てないということなのか▼年寄りの冷や水とか、分相応などという言葉が頭をよぎる。これは自らの力を知って、過信や高望みをしないようにとの警句にもなっている。できもしないことを背伸びしてやっても、却って失敗したり他人に迷惑をかけてしまうということは間々ある▼車に乗り始めたある雪の日、歩いて行きますからと断っている人を、どうせ同じ方向だからどうぞと無理矢理車に乗せたところ、脱輪して倍の時間をかけてしまった苦い経験がある。分をわきまえるということは、大切な人生訓の一つとして今も脳裏にある▼しかしこれとは逆に、持てる者が力に応じて社会貢献することも大切なことである。できることを社会に生かすということは、社会の進歩発展に寄与することであり、社会人としての努めでもある。一切衆生の救済を願う仏の説き給う法華経の精神もまさにここにある▼国際政治の場において、他国の世話まで何故しなくてはならないのか、などの発言が力を持てる国から出てくる現状は、世界の将来を大いに危惧させるものと言わざるを得ない。 (直)