オピニオン

2016年11月10日

〈無明〉との共存を目指す仏道修行

本当は久遠の昔に成道されているにも関わらず、私たち一切衆生を教導するために、あえて今生での成道を化現された本師釈迦牟尼仏は、波羅奈(バラナシ)郊外の鹿野苑において初めての説法(初転法輪)をされた。その内容は、〈四諦(四つの聖なる真実)〉として今日まで伝えられている。よくご存じのとおり〈四諦〉とは、〈苦諦(思い通りにならないこと(=苦)に関する真実)〉〈集諦(苦の原因に関する真実)〉〈滅諦(苦の滅に関する真実)〉〈道諦(苦の滅に至る道に関する真実)〉であり、〈諸行無常〉〈諸法無我〉〈涅槃寂静〉という〈三法印〉(あるいは〈一切皆苦〉を加えた〈四法印〉)とならんで、仏教の根幹を形成するものとされてきた。
さて、初転法輪における〈四諦〉の教説のうち、〈滅諦〉に関するものを要約してお伝えするならば、〝〈無明〉という根元的身勝手さを滅することで、人は滅の状態である涅槃・覚りを獲得することができる〟となる。ところがここから1つの、しかしとても大きな誤解が生じた。それは、〝涅槃・覚りとは何もかもなくなった無の状態である〟という誤解である。もちろん、きちんと教説を読めば、滅せられるのはあくまで〈無明〉であり、決して一切の消滅ではない。しかし現実問題として、「灰身滅智(身を灰に帰し心を滅すること)こそが涅槃だ、覚りだ」と、涅槃・覚りを虚無主義的に解釈してしまう傾向が生み出されたのも事実である。そこには、漢語の「滅」という文字の影響があった。
世界最大の漢和辞典である『諸橋大漢和辞典』(大修館書店)を見ると、「滅」の意味として多くを挙げているが、それらはみな「消える、滅びる」というニュアンスを強く帯びたものばかりである。そのため漢語の「滅」を用いる限り、〝仏教の最終目標である涅槃・覚りは、〈無明〉を完全に滅した、一切消滅の境地である〟という理解(誤解)を避けることは容易ではない。しかし、「滅」のインド原語である「ニローダ」は、実は「消える、滅びる」を意味することばではないのである。
インド語の「ニローダ」は「制御する、抑制する、コントロールする」を意味しており、「消滅する」を第一義としてはいない。仏教で求められていることは、〈無明〉を完全にゼロにして身も心も滅した境地(灰身滅智)に至ることではなく、〈無明〉が暴れ出さないように抑え込みながら、〈無明〉と共存していく生き方なのである。
「〈無明〉との共存」というと、何を馬鹿なことをと思われる方もあるかもしれない。しかし仏典は、他ならぬ釈尊御自身が〈無明〉と共存されていたことを私たちに教えてくれる。仏典にしばしば登場し、成道後にも関わらず釈尊を誘惑する悪魔は、妖怪変化の類でもなければ、地獄界や餓鬼界や阿修羅界の住人でもない。釈尊を拐かそうとする悪魔とは、釈尊の〈無明〉が具象化され、文学的に表現されたものなのである。このように、妙覚果満の釈尊といえども〈無明〉の消滅には至っていなかった。ただし、釈尊は無明の滅(ニローダ)を完成させているため、〈無明〉が悪さをしようとする度毎に、〝そなたは控えておれ〟と、即座に無明を抑え込んで(ニローダして、滅して)おられたのである。
〈無明〉の完全な滅は、成道した如来以外には不可能であろう。ただし、それが短時間であるならば、私たちにも今すぐ実践可能である。そしてその持続時間を徐々に伸ばしていくこと、それを仏道修行と呼ぶのである。
(論説委員・鈴木隆泰)

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