論説

2016年10月20日号

縁の下の力を称える

東南アジアのある町で食事をしていたらウェイトレスが話しかけてきた。
「私は日本が大好き。日本ではすべての仕事を日本人がしているんでしょ」。
今から40年ほど昔の話だ。確かに当時の日本には外国人労働者の数は多くなく、どのような場所でも日本人が働いていた。それは当たり前のことであったから何を言い出すのかと聞いていると、「私の兄はフランスに働きに行っていたの。でも安い給料でとても辛く危険な仕事をさせられ、耐えられなくて帰ってきてしまったのよ」という。
フランスでは、人種や国籍・宗教によって仕事が決まっているとかで例えば理髪店はヒンドゥー教徒、催事場のキップをもぎるのは黒人の仕事等々、他の欧州諸国も例外ではないらしい。
つまり彼女は日本の労働システムを羨ましいと言っていたのである。そんなことを意識したことすらなかったので、返す言葉に困ったものだ。
時は変わって現代の日本では至る所で外国人が働いている。近くのコンビニなども、オーナーとおぼしき方だけが日本人でほかの従業員はすべてアジア諸国の人たちだ。多いのがミャンマー・マレーシア・中国などの若者で、それはそれで異国情緒も楽しめて良いのだが、深夜の道路工事現場なども同様になっているのには驚いた。
先のウェイトレスの言葉を覚えているだけに「国際化」が進んだなどという考えには至らない。ヨーロッパで失業率が高いのは、プライドばかりが高くて職業をえり好みするからだと聞いていたが、それと同じことが日本でも起きているようだ。
ほとんどが語学研修で来日している彼らは経済的にはかなり苦しいだろうから、その手助けをしているというメリットもあると言えるのだろうが、裏を返せばきつい、汚い、危険な仕事を3Kと呼び、これを拒否し始めた日本の若者の生き方がもたらした現象だとも言える。
さて、先頃終了したリオデジャネイロ五輪のレスリング女子58㌔級で4大会連続の金メダルを獲得した伊調馨選手に「国民栄誉賞」授与が決定された。安倍総理から指示が出され、有識者による検討の結果である。
国民栄誉賞は、以前からあった「内閣総理大臣顕彰」にスポーツ選手や若い人たちが当てはまらないことから昭和52年、当時の福田赳夫総理によって創設された。その最初の受賞者が、正にすべての国民が認めたであろう王貞治選手だった。その後、歴代総理大臣の指示で合計23人が受賞している。それぞれ、立派な業績をお持ちで「広く国民に敬愛され、社会に希望を与えることに顕著な業績があった」ことに異論を唱える人はいない。
しかし敢えて申し上げたいことがある。それは、国民栄誉賞と同時に、それを支えた「縁の下の栄誉賞」とでもいうべきものも創設してほしいということだ。スポットライトを浴びるステージやグラウンド、体育館で素晴らしい演技や試合ができるためには、それを陰で支えた多くの人たちがいたことも若い人たちに伝える必要がある。
王選手がホームランの大記録を達成させた夜、送電が1秒でも止まっていればあの記録はなかったかも知れないのだ。あのホームランは、山中を抜けて東京まで電気を送る送電線の保守作業をしてくれていた多くの人のお陰でもある。その人たちをも同時に顕彰していたら、若者らは胸を張ってそれらの仕事を続けられるだろう。有名人だけが立派なのではないことを若者たちに知ってほしい。
(論説委員・伊藤佳通)

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2016年10月10日号

人工知能(AI)との共存共栄

今から4年前の平成24年1月14日、将棋の元名人で日本将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖(68=当時)が、コンピュータ将棋ソフトとの特別対戦で敗れた。ソフトが公の場でプロに勝ったのは初めてで将棋界に衝撃が走った。
対戦した将棋ソフトはその前年、「世界コンピュータ将棋選手権」で優勝した、毎秒最大1800万手を読むという最強ソフト、名づけて「ボンクラーズ」。113手での勝利だった。ソフトを開発した伊藤英紀さん(49=現・富士通研究所)は記者会見で感想を聞かれると言葉に詰まり、感無量の様子で「頭が真っ白になりました」と笑顔で答えた。敗北した米長元名人は「見落としがあった。私が弱かった」と無念の弁。
コンピュータは高い計算能力でわずかな間にものすごい数の指し手を予想し、その中から最善の手を指すことができ、その性能も上がって、指し手をプログラムする技術も格段に進んでいるという。米長さんに勝ったソフトも複数のコンピュータをつなぎ、スピードも以前より早くなっていたという。
人間の脳が行うような判断や学習、言葉の理解などをコンピュータで再現しようとする技術のことを「人工知能」(AI)と呼んでいる。昭和31年(1956)に米国の計算機科学者が最初に提唱。その歴史は(1)草創期、第1次ブーム(1950~60年代)にはじまり、(2)産業化、第2次ブーム(1980~90年代)の技術を多様な産業に活用するようになる時期を経て、現在は(3)発展期、第3次ブームとされ、①人間の感情を読み取るAIを搭載したロボット ②AIが周辺状況を認識して自動車を走行させる技術 ③膨大なデータベースを活用してさまざまな分野で人間に助言するロボットなどの開発が進められる。
日本でも「国立情報学研究所」などで、AIで東大入試突破を目指す「ロボットで東大に入れるか」というプロジェクトに取り組んでいるという。2015年にはトヨタ自動車がAIの研究開発強化のため米国に新会社設立を発表。2016年に入って「囲碁」の「アルファ碁」(英グーグル・ディープマインド)が世界トッププロ棋士に勝利。AIが人間と共同で「執筆」した短編小説が、国内文学賞の第1次審査を通過。また米国で「AIによる自動運転で初の死亡事故」なども報じられている。
驚異的な進歩を遂げ、さまざまな分野で利用されるようになった人工知能(AI)。それは生活を便利にする一方、「軍事利用」や「人間の仕事を奪うのでは」などの警鐘も鳴らされているが、「日本の成長戦略の重要な柱である」ともいわれている。いずれにしても、①今後、社会に役立てるには何が必要か ②人びとに与える影響は…など、課題も大きい。急速に進歩している「人工知能(AI)の進化」と、私たち人間がどのように付き合っていくのか。大きく試されている時代に入っているといっても過言ではない。
『法華経』には、人間として、いつの時代でも、どこにあっても、誰にとっても、もっとも大切なものは「質直意柔軟」(〝しちじき〟にして。こころ〈意〉柔軟に…)(心が真っ直ぐになり、やさしく、おだやかになること)と教えられている。「人間」と「人工知能」、その関係はどちらかがどちらかに勝利するとか、超えるとかの関係にあるのではなく、人間と社会に共に良い利益をもたらす共存共栄の道こそ真に求むべき道であると思う。知的作業であっても、「人間」のためにも「社会」のためにも、総じて「未来」のためにも「質直意柔軟」の心を原点とし、根本姿勢としたい。
(論説委員・星光喩)

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2016年10月1日号

不退転のこころでもって

 私たちは人生の歩みの中で、しばしば困難な出来事に遭遇し、容易に前へ進むことができない場面に直面することがあります。そのとき、私たちは、前進することを放棄したり、後退して別の方策を講ずるとか、しばらくその状況を静観する、などの対応をはかるように思われます。
 このように、凡人である私たちは、種々の課題を背負い、それぞれの人生を生きねばならないのですが、私たちに法華経の真実を示され、お題目による宗教的救済を、身命をかけて説きつづけられた日蓮聖人(1222―82)の受けられた種々の法難は、いかに困難な出来事であったかが拝察されるのです。
 日蓮聖人は、32歳の建長5年(1253)4月28日の「立教開宗」後、周囲からの抑圧によって、故郷の清澄寺を下山されます。そして、正嘉元年(1257)8月23日午後9時頃、鎌倉を中心として襲った大地震によって、多くの人たちが被害を受け、さらに災難が打ちつづくことになります。
 これらの惨状を目の当たりにされた聖人は、災難の原因をたずね、国土の安穏を祈るために、釈尊の一切経にたずね、『立正安国論』一巻を完成され、前の執権北条時頼に進覧されるのです。しかし、翌年5月12日、聖人を伊豆へ流すことになります。聖人40歳のときです。
 伊豆流罪赦免後も、聖人の法華経弘通の態度は変わることなく、却って幕府の政治のあり方や、幕府の権力を楯に、真言律宗を広める良観房忍性(1217―1303)の信仰態度を厳しく批判されます。ついに、幕府は、50歳の聖人を、佐渡へ遠流に処すのです。
 しかし、佐渡という厳しい境遇にありながらも、聖人の人格に帰依し、法華経の教えに生命をささげた信徒が存しました。国府の入道夫妻と阿仏房夫妻です。
 国府の尼に宛てられた手紙には、つぎのようにあります。
「尼御前ならびに入道殿のお二人は、私が流人として佐渡にあったころ、他者の目を気づかって、こっそりと夜中に私のもとへ食物を届けてくださり、またあるときは、私を見張っている幕府の役人から、流人を支援していることのとがめがあっても、それを恐れることなく、堂々と役人に抵抗して、私の身代わりになろうとしてくださったお方たちです」(現代語訳・昭和定本1063~4㌻)
 また、阿仏房の妻千日尼への手紙には、つぎのように記されています。
「地頭や念仏者らが、私の居住している庵室に立ちはだかり、私をたずねて来る人々をさまたげ、妨害したのです。そのような中、夫の阿仏房に食物を入れる櫃を背負わせ、夜中にたびたびご訪問くださったことは、いつの世までも忘れることはできません。(中略)
 流人である私にご奉仕されることによって、居住の場所を追われ、あるいは罰金が課せられ、さらには、住居までも取りあげられるという罪科に遇われながらも、ついに信仰を貫き通され、退転されることはありませんでした」(現代語訳・昭和定本1545㌻)
 このように、国府の入道夫妻、阿仏房夫妻は、聖人の厳しい境遇の中、みずから身命をささげて、法華経信仰を貫徹したことが知られるのです。
 いまを生きる私たちは、過去の出来事をもっても想定できない厳しい事柄に出会うことでしょう。けれども、日蓮聖人の歩まれた道、そして、その教えに共鳴した人たちの生き方を学ぶとき、けっして退転してはならないと思うのです。
(論説委員・北川前肇)

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新年のご挨拶。

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