2016年8月1日
オバマ大統領のヒロシマ訪問
今年5月、オバマ米大統領は米国の現職大統領として初めて広島を訪れ原爆死没者慰霊碑に献花した。オバマ氏は献花後の演説で「71年前、死が空から降り世界が変わった。閃光と炎の壁が都市を破壊し人類が自らを破滅させる手段を手にした。私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをめぐらすために来た」と広島訪問の理由を語った。そして「原爆により犠牲となった10万人を超す日本人のみならず朝鮮人、米国人捕虜を含む死者を悼むために広島を訪れた」とことばを続けた。さらに「1945年8月6日(原爆投下の日)の記憶を薄れさせてはならない」、「核なき世界を追求する勇気を持たねばならない」とも語った。
予定では数分の「声明」であったが、実際には17分に及ぶ「演説」となり、多くの人びとはその話に静かに耳を傾けた。
この演説で気付かれたのは、原爆投下の謝罪もなく、投下の是非についてもまったく言及していなかったことである。特に「謝罪」については米国世論への配慮もあり、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は、その要求を封印したという。それはなによりもオバマ大統領に広島の地で、核の悲惨さとその現実を肌で感じてもらいたいとの願いから生じた判断であった。
日本被団協の坪井直(91)代表は、20歳の時に被爆し九死に一生を得た後、あらゆる機会に自らの被爆体験を語ってきたが、その心中には米国に対しての強い憎しみがあるのは当然のことであろう。しかし坪井氏は、米国を責め続けるのではなく、これからの人類のために手を取り合って核廃絶に取り組む道を選択し、被爆地ヒロシマの原爆慰霊碑前でオバマ大統領と握手を交わしたのである。
当時、私の父も広島市内の寺の住職であったが、その寺は爆心地から1・7㌔の所にあったため、強烈な閃光と爆風により、一瞬にして本堂をはじめすべてのものが崩壊し、家族全員が被爆した。そして当時7歳の姉がその犠牲となった。家族を失った多くの人びとがそうであったように、被爆者の米国への怒り、憎しみは計り知れないものがある。そしてその感情が、相手への攻撃、また謝罪を求める強い怒りとなっていくことも容易に想像できる。
しかし戦火が止み、時の流れの中で多くの被爆者の心中にあったのは、父もそうであったように、けっして謝罪を求めることではなかったのである。
戦後71年を経た今日、私たちが目指すのは、相手への攻撃や謝罪ではなく、戦火を交えることのない平和な世界を実現することであり、そのためにこそ「核なき世界」を目指すことが求められているのである。
坪井氏がオバマ大統領の手を取り「人類のために手を取りあって核廃絶に取り組みたい。被爆者は、あなたといっしょにがんばる」と伝えたこのことばは大変に重いものである。
この坪井氏のことばをオバマ大統領がどのように受け止めたのかはわからない。また今後のオバマ大統領に何ができるのかも見通せない。しかし今回の「ヒロシマ訪問」が、核なき世界への大きな1ページとなることを心から願うものである。
私たちは、仏教者としてこの世を安穏なる世界、すなわち浄仏国土(清浄な仏の世界)にしていかなければならない使命がある。そのためには、憎しみ、怒りを持ち続け、相手を攻撃し、責め続けるのではなく、まず己の心の在り方をしっかりと見つめてみる必要があると思われる。
71年の時を超え、心あらたに原爆の日を迎えたい。
(論説委員・渡部公容)