オピニオン

2015年7月1日

人間は2度死ぬという。まず死んだ時。

人間は2度死ぬという。まず死んだ時。それから忘れられた時。私は忘れないために、昭和の大横綱大鵬のことを書こうと思う▼圧倒的な存在の象徴として語られた「巨人・大鵬・卵焼き」に対して、九州生まれの私は「西鉄・柏戸・目玉焼き」と言い換えて頑張っていたが、その存在感は揺るぎもしなかった。高度成長の時代、負けない横綱は日本の夢であった▼大鵬の法号は「大道院殿忍受錬成大居士」、大鵬が愛した「忍」の一字が入っている。「心の上に刃を載せて生きていく、必死に生きてきた私の人生を表している」と大鵬は言う▼忍には、あらゆる苦難を耐え忍ぶ「衆生忍」と「無生法忍」がある。後者は悟りの智慧の働きにより世界をあるがままに正しく観察することを指す▼大鵬は語る。「私は負けが許されない。だから負けない相撲。つまらない相撲しか取れなかった」と横綱に同時昇進したライバル柏戸は、勝つ時は豪快だがあっさりと負けもする強さともろさを持った横綱であった。あっけない負けが許される柏戸を「正直うらやましかった」とも述べている。世間から期待される役割を理解し、大横綱の誇りを保つということは、大鵬にとって心の孤独との戦いであった▼その生い立ちから続く苦難が遂に家族に対する愛情の深さにつながったたのもむべなるかなである。忘れるとは「心を亡くす」と書く。私は大鵬を忘れない。(雅)

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