日蓮宗新聞

2004年10月20日号

宗務院で寺庭婦人代表者会議

平成16年度管区寺庭婦人代表者会議が9月7日、東京大田区の日蓮宗宗務院で開催され、全国47管区から52人の寺庭婦人が参加し、「次世代へ伝える」をテーマに話し合いを行った。
午前11時、岩間湛正宗務総長を導師に法味言上。岩間総長は「寺庭婦人の占めるお寺での役割は大きい。住職を支え、宗門、ご自坊の発展のためにもご尽力を」と挨拶した。続いて田端義宏伝道部長が所管説明した後、「伝えることは難しいけれど、楽しいことでもあります。皆さんが寺庭婦人になったのは必然。お題目を伝える一役を担って欲しい」と話した。
午後からは千葉西、静岡中、新潟西、山口、福岡の5管区の代表者が活動を報告。教学や一般知識などの講義を開催したり、管区が広いため遠方の人のために、出向いて研修を行っていることや、バザーを行い活動資金にしているなどの活動が報告され、参加者は熱心にメモをとっていた。
その後、5班に分かれて「伝える」をテーマに分散会。自坊での様子や宗務所、僧侶との関わり、寺庭婦人育成の方法、後継者問題、また檀信徒との交流を深めお寺との関係を密にし、信仰を伝えていくことなど活発な意見交換が行われた。
最後に分散会の報告がなされ、各班からは「寺庭婦人の位置づけ」、「住職の理解」、「檀信徒と接する機会が多い寺庭婦人の立場を利用する」、「僧侶、寺庭婦人それぞれの立場でお互いが生かされる活動」と“伝える”ために今後活動していく上でのポイントがあげられた。また寺庭婦人の心得を記した本の発行や、身延山で研修を行うため宗門のサポートの必要性など、寺庭婦人の資質向上とともに、宗門への要望も出された。
閉会式で田端部長は、お題目を伝えるため寺庭婦人と宗門が手を取りあっていく方法を模索中だとし、「今回の会議の内容を管区に伝えて下さい」と会議を締めくくった。

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江戸時代初めの貴重な天海版一切経

本山岩本實相寺(静岡県富士市・豊田英世貫首)は日蓮聖人が『立正安国論』執筆の構想を練られ、経蔵にお籠もりして一切経(仏教聖典の総称、大蔵経ともいう)を紐解いたといわれる霊蹟。この度、實相寺の一切経堂に約50年ぶりの本格的な調査が入り、格護されている一切経が、江戸時代初めの貴重な天海版一切経であることが、中尾堯立正大学名誉教授らによって確認された。
調査は9月1日から4日にかけて中尾教授を中心に望月真澄身延山大学助教授・立正大学大学院生などによって行われ、回転する輪蔵に収められた約六百個の経箱を丁寧に開け、約6千冊の経典を一つ一つ確認していくという気の遠くなる作業が進められた。
各経典の随所に「岩本山日進納」の判がみられることから、天海版一切経は実相寺第15世日進上人(元禄11・1698年遷化)の時代に納入され、さらに施主となった人々の名前や地域も多岐にわたることが確認された。今後の詳細な個別調査が待たれる。
實相寺は永禄11年(1568)に甲斐の武田信玄によって諸堂が焼かれ、日蓮聖人以来の多くの聖教類が失われたという歴史を持つ。江戸時代前期の復興期に天海版一切経が揃えられ、経典を保管する経蔵も合わせて建立されたと考えられる。
中尾教授は「当時の實相寺では、一切経を閲読された日蓮聖人の伝説を蘇らせるために、改めて天海版を揃えるという大事業を行い、それを支えた多くの信者の姿も思い起こされます。伝説と伝統を伝える岩本ならではのすばらしい一切経だと考えます」と調査を振り返った。
また豊田貫首は「實相寺にとって一切経が特別な意味を持つことが、今回の調査で改めて確認されました」と語り、現在、實相寺境内で静岡中部宗務所の事業として進められている常設宗務所(立正研修会館)の建設も合わせ、伝統の地が新たな布教発信センターとして期待されている。
天海版一切経
徳川家康・秀忠・家光3代の将軍に仕え、幕府に大きな影響力を持ち、江戸に天台宗寛永寺を開いた天台僧天海(1536~1643)が、将軍家光を願主として寛永14年(1637)から木活字を使って開板した一切経。天海版は当時の最高技術を用い、我が国最初の一切経刊行となる大事業として日本の印刷文化史上重要な位置付けを持つが、発行部数が少なく広くは普及しなかった。
日蓮宗の寺院では、総本山身延山久遠寺・大本山池上本門寺・大本山妙顕寺(京都市)・大本山本圀寺(京都市)・本山妙成寺(石川県)・本山日本寺(千葉県)に所蔵される一切経が天海版であることが知られており、今回、實相寺本が確認されたことにより宗門内で7例目となった。

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日蓮宗シベリア抑留日本人墓地慰霊団参

日蓮宗シベリア抑留日本人墓地慰霊団参(鈴木英正団長=京都市三寳寺住職)が8月27日から31日にかけて行われ、僧侶檀信徒ら17人が慰霊の供養を捧げた。以下は慰霊団参に同行した藤井照源師(京都市妙雲院住職)からの報告。

27日、関西空港で結団式。岩間湛正宗務総長からの「国際交流推進団参証」を携えてイルクーツクに出発した。
翌日、第32収容所第十支所のあったシャマンカ墓地で鈴木団長を導師に慰霊法要を行い、坂手善正師(長野県高明寺住職)が身延山久遠寺藤井日光法主猊下の追悼文を涙ながらに読み上げると、参加者は目頭を熱くしていた。
 シャマンカ墓地には119柱が眠り、幾度かの洪水で墓石が潰れたままになっていた。平和を祈る折り鶴、散華がまかれ、シベリアで亡くなった夫に抹茶を供える参加者の姿が印象的だった。
29日はバイカル湖近くのリストビヤンカ墓地へ。第30収容所第18支所の跡地で、60の墓石が並んでいた。読経・修法・追悼文と続き、全員でお題目を唱えた。
鈴木団長は「抑留者がここへ連行された時、目の前の湖がナホトカの海に見え、日本へ帰れると喜んだが、バイカル湖と知り茫然自失となった」と説明し、祖国の地を夢見た人々のことを思うと、胸を打つものがあった。

4日目、65柱が眠る第32収容所第11・12支所のウソレ・シビルスコエ墓地に向い、慰霊法要を行った。墓地は平原にあり、埋葬の土盛りの跡が多数見られた。近くに現存している収容所の建物を見学。その後、最後の慰霊地チェレンホボ墓地へ移動した。第31収容所第3・4支所で95人が眠っている。慰霊碑には石をぶつけた跡が多く残っていた。
慰霊法要終了後、参加者は遺体埋葬の栄養で茂った木々の中を、うちわ太鼓を叩き歩く僧侶の姿を見つめていた。
一行は31日の午後に帰国し、無事に慰霊参拝を終えた。
◇  ◇  ◇
シベリア抑留では過酷な労働と極寒、栄養不足のために、祖国を踏めずに亡くなられた方が多く、今回その慰霊を行ってきた。歴史で学んだシベリアと自分の目でみた現状とのギャップを強く感じ、命ある限り慰霊を続け、絶対に戦争をしてはならないと訴えていきたい。

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今年の1月13日の御年頭会の日も晴天にめぐまれました。

日蓮聖人の新年初の月命日はいつも晴れます。

みなさま今年もお元気でがんばっていきましょう!

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