日蓮宗新聞
2004年1月10日号
日蓮宗第50代管長に藤井日光猊下
日蓮宗第50代管長に身延山久遠寺法主の藤井日光猊下が二期目のご推戴を受け、就任奉告式が昨年12月22日に東京大田区の日蓮宗宗務院で、24日には身延山の祖廟ならびに久遠寺本堂で行われた。日蓮宗は立教開宗750年以後のさらなる伝道宗門発展に向け、藤井管長猊下ご統理のもとに新たな出発点を迎える。
さらなる伝道宗門発展へ新たな出発
22日午前10時30分、晴天の空の下、藤井管長猊下が日蓮宗宗務院にご到着。岩間湛正宗務総長はじめ内局・職員一同のお出迎えを受け、今年で96歳を迎えられる藤井猊下はお元気なご様子で一同に合掌された。
午前11時から、宗務院五階講堂で管長就任奉告式が行われ、管長推戴委員会の委員長・副委員長をはじめ、日蓮宗各本山貫首・宗会議員・宗務所長ら僧侶約70人が参列。はじめに岩間総長が「藤井日光猊下におかれましては今般、管長推戴委員会ご推挙により第50代日蓮宗管長にご就任賜りましたこと誠に慶賀に絶えないことでございます。猊下にはご法体ますますご慈愛の上、立教開宗750年以後の伝道宗門の展開に向けてご教導賜りたくお願い申し上げます」と式辞を述べ、管長推戴委員会の堀龍雄委員長が藤井管長猊下へ推戴書を奉呈。岩間総長からは管長印璽の授受がなされた。
続いて堀委員長が今般の管長推戴の経過について「11月20日、委員長召集によって管長推戴の件についてお計りいたしました結果、全会一致で身延山久遠寺法主藤井日光猊下を引き続き第50代日蓮宗管長にご推戴申し上げた次第であります」と報告。
これを受け、最後に藤井管長猊下が「平成11年より本日まで、皆帰妙法の願旨の下、国の内外を問わず巡錫し精進してまいりました。今般ここに任期満了にあたり、再び推されて第50代日蓮宗管長に就任することになりましたが、身は軽くして法は重しの御教えのままに宗徒と共に仏祖の願業成就に向けて一路邁進せんことを誓願いたします」とご挨拶された。
翌々日の24日、この日も身延山は快晴に恵まれ、藤井管長猊下は、岩間総長と井上瑞雄身延山総務をはじめとする宗務院内局・身延山重役と共に日蓮聖人ご廟所前での就任奉告式に臨まれた。
猊下は奉告文の中で「沙門日光、岩間宗務総長以下宗務内局を帯同し、宗祖大聖人棲神の霊地にあって恭しく祖廟にぬかずきて、第50代日蓮宗管長就任を告げ奉る。宗門統帥の大命を拝し、正に不惜身命、死身弘法の誓いを以て重責を全うせんとす」と決意を述べられた。
最後に久遠寺の大本堂で、藤井猊下は「僧俗共に異体同心の祖訓を報じ、立教開宗750年以降に向けて伝道宗門いよいよ興隆ならしめたまえ」とご宝前に祈願なされ、一連の管長就任奉告式を修了した。
管長と管長推戴委員会
管長は一宗を代表し統理する最高位にあり、住職・担任・教導等の認証をはじめ、宗会の招集、解散などの権限を有し、同時に宗門全体の象徴としての権威も合わせ持つ。初代管長は明治7年に就任した新居日薩上人(身延山65世法主)。
管長を推戴するため設けられた管長推戴委員会は、宗務総長・宗会議長をはじめとして宗務役員・宗会議員・宗務所長・宗務顧問・祖山霊跡由緒寺院および檀信徒協議会それぞれの代表27名で構成される。
藤井日光管長猊下
明治42年生まれ。師父は身延山第86世法主藤井日静上人。大正11年に得度され、昭和12年に立正大学仏教学科をご卒業。昭和17年京都市満願寺、昭和34年東京都身延別院、昭和48年石川県本山妙成寺の住職に就任なされ、宗門においては昭和40年から新聞部長、伝道部長、各種委員など数々の要職を歴任。
世界に向け日蓮宗アジア仏教振興会会長・世界仏教徒協議会会長として海外活動に尽力される。祖山においては平成2年から総務として岩間日勇前法主猊下の輔佐を勤められ祖師堂改修等の大事業を完遂。平成11年3月からは身延山久遠寺の第91世法主として祖廟格護の責務を担われている。
また平成11年12月からは第49代管長にご就任され、立教開宗750年慶讃にあたり全国六教区の教区大会を巡錫。平成14年4月のご正当には清澄寺における立教開宗750年慶讃大法要ならびに平成15年4月の身延結願大法要の大導師を勤められた。
国内のみならず平成12年6月にはドイツハノーバーにおける国際永久平和祈念祭典・日蓮宗音楽芸術特別大法要、そして昨年6月のハワイ開教百周年慶讃大法要と、海外までもご巡錫され自ら四海帰妙のご先頭に立たれて宗風宣揚にご尽力されている。